思念も物質の一部だろうか?
どこかの神話にそれを言及する哲学は有りや無しや。
その辺を意識してスレを立てました。
仏教の阿頼耶識は西洋の神話学では
どういう位置づけかなど興味深いです。
そういう感覚を掘り下げる意図がこの
スレにはあります。
小学生みたい。w
たとえば、「唯物論」というような
もっと、学術的で気取った表現をしようよ。
一部の人にしかわからない高尚な文章よりも、大勢の人に理解してもらえる馬鹿な文章のほうが僕は好きです。
思念の源を考える参考になると思うよ。
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>>3
ユングって神話そのものについて何か言ってる?
彼は神話ありきで話してると思うんだが、
なぜそんなに「神話」を絶対視できるのかわからない。
要するに神話ってひどいのになると、政治的な意図で捏造されたものもあるだろ。
民族の集団意識にその民族文化に根差した精神世界があるんじゃないかね。
たまに私はエキゾチックな夢を見るが、それは別の民族が作りあげた精神世界にいたのだろう。
そんなことを小学校の時に妄想してた。
何が元ネタで妄想してたのかしらないけど
>>26
交流がありえなかった世界中のあちこちの地域に、似たようなもの(主に信仰関係)があまりにも多すぎる、ってのがその根拠だね。
そのユングの考えを一部引用している不思議な少年って漫画が結構面白い。
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単なる環境に依って後天的に植えつけられた気質でしかないかと
反面,ヘビや猛禽を恐れたり神格化したりするのが樹上生活生物以来の進化の記憶という話は
けっこう信じている
その後天的なものを指して言ってるんじゃないかな
小さい頃の潜在的な教育というか意味の繋ぎ方というか
手足がないということ。
抜け殻を残すということ。
世界中の誰が見たって、「なんかすごい生き物だ」と思うはず。
本能的に恐れるよ。
ヘビはそれのでかいバージョンなんだから、かなり恐いんだろう。
死んだ瞬間に確実に何かがぬけていった感覚があるんだよな。
犬が俺の腕の中で死んだ時一瞬軽くなったように感じたし、
親父の時はベットに寝てただけで微動だにしなかったのに、
居合わせた全員がその瞬間「あっ」て声を上げた。
何故か死んだ事が解ったんだよ。理由は本当に解んないんだけど。
死ぬっていうのは
単に脳の中の電子回路が機能停止したという物理的なものじゃないと思うなあ。
あのとき抜けていったもの、
つまり「魂」の正体はソフトなんだと思う。
PCのOSと同じようなもの。
脳はハードなんだよね。ソフトが無いとただの分子の塊にしか過ぎない。
そのソフトをダウンロードしてるのがどういう存在なのかは解らないけど。
人間だけじゃなくいろんなたくさんのものにダウンロードされてる気がするよ。
存在すれば、人間がロボットにとっての神になり得る。
と言う事は、逆説的に神や魂は存在せず、宇宙の一法則に過ぎない事が証明できるだろう。
そもそも人間原理的な考え方を持つ人間にその辺の明確な判断など出来ない罠
神思う人在れば神ありな訳だしね
AIの人間原理が人間を過程の存在とみなす事もあるしな
・「あれもこれも疑わしいが、疑っている限り『疑っていること』は存在している」
・「疑っていること」は思考の一種である
・思考が帰属するもの、というより「思考そのもの」が「我」である
というのがコギト・エルゴ・スムの理屈だから、疑える機械には「我」が存在する
問題は「疑う」の定義だな。
どういう行動を取る機械なら「疑って」いることになるかだな。
家に入ろうとする人間を、指紋認証で家人かどうか区別しようとする保安システムを「疑っている」と言えるのか?
大抵の人は否定するだろうけど、どんどん高度化していったらどうだろう?
どこで「疑っている」ことになるのか
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作られた産物ならば、脳が死滅した後も何らかの微粒子として
物質世界に残るのではなかろうか。
その数多の断片が、生物の脳に何らかの干渉をして
降り積もったのが、集合無意識や阿頼耶識とよばれる領域だろうか。
体中の神経や臓器全てを連動して思考していることが解ってきている。
心臓や手に記憶野が存在していることは既に良く知られている。
脳というメイン回路から発信された電子はその情報を伝達するための固有振動を持っている。
それは何千兆という電子が重なって波となり、アナログ波となって体全体でサーキット回路を構成している。
その電子の波は実は微量ながら体の外に漏れ出している。
それがいわゆるオーラと言うもので、決してオカルトではない。
オーラの強い人とは即ち、その回路の電子量が多いということであり、
その波長によって色が変化する。夕焼けの光と同じだ。
リラックスして長くなれば赤く、活発な時は短くなって青く、更に活発になると白に近づく。
突発的な事態や生命の危機に瀕すると脳は強烈な電波を発生させる。
一説には近くの他の個体に危険を教えたり、助けを求めてるのではないかと言われるが・・・
過剰な電子信号がサーキットを駆け巡り、思考停止に陥り、体は機能を失って硬直する。
その時の強烈な電子情報が付近の物質に伝播し、情報を残したのが自縛霊ではないか。
その電子記憶を読み取る受信機を発達させた人間が霊媒師やサイコメトラーやテレパシスではないか。
男なら誰しも経験があるだろう。
前を歩いてる女性をじいっと見てるとこちらを振り返る、というあの現象を。
女性のあの特殊能力は、その受信機がお尻のあたりに集中しているためではないか、
と勘ぐらざるを得ない。
その哲学の基礎を築いたローマでも信仰された
ギリシャ神話の神々にはプシュケ等が居るな
美の神ウェヌス子だがウェヌスはローマの代表的な
氏族の祖先ともされているから美(ウェヌス)を感じる事で人間に心(プシュケ)が生まれたという所か
突き詰めれば物質の化学反応の産物なのか
それとも物質という次元とは違う何かの反応の産物なのか
どちらにせよその生じた産物は必ず宇宙のシステムの
どこかに残留すると思うのだが、それはやはり心理学で
いうところのシンクロニシティ、仏教でいうところの阿頼耶識に
蓄積されてるのだろうか。とすると人類個々の気性、精神性は
その残留産物による影響のされ具合で型どられ存在してるのでは
あるまいか。
生物の本質は胃であって,脳は胃の補助器官って考えが面白かった
思念の根源は食欲です
・ホモ・サピエンスは遺伝的にほとんど同じために、似たものを好むヒューマン・ユニヴァーサル説
たとえば、源氏物語をアメリカ人が読んでも面白い。
宗教的感性も結構近い。
アメリカン・インディアンの宗教的教えを日本人が喜んだりする。
また聞き取り調査によれば、様々な宗教の大衆的信者の考える神のあり方、もしくは日常的な神イメージは、
”神学的”な理論に関わらず、かなり類似した性格を持つ。
これは人類の宗教的心性の普遍的構造を表している
・物語のヴァリエーションの問題。
無数の民族がいて、それぞれに無数の物語があるんだから、イザナミとオルフェウスといった具合に恣意的に個々のエピソードをピックアップすれば似てることは当然
物語の構造分析を行ない、神話素に分けてその組み合わせの変異として、世界の神話は研究できる
・実は交流があった説
日本神話はスキタイ→モンゴル高原の遊牧文化を経て、朝鮮半島を経由して印欧神話の影響を受けている。
・実はルーツが同じ説
日本神話やメソポタミア神話、ギリシア神話、マヤ神話などに広く見られる、神々の交代劇などの神統譜やそれと連なる王の系譜などいくつかの神話モチーフは
サハラ以北アフリカ、ユーラシア、ポリネシアなどのオセアニアの一部、アメリカ大陸を特徴付けるものであり、必ずしも普遍ではない。サブサハラでのそれはユーラシアの影響。
これはこれらの諸民族の神話のルーツの同一性を示唆するものであり、出アフリカのパターンと一致している。
ローラシア神話圏、パプア神話圏、ニューギニア神話圏、オーストラリア神話圏に分かれる。
さらにこれらの神話圏に、散発的に現れる共通的パターンから、全人類の原神話が再建可能かもしれない。
・社会構造反映説
神話はその社会の構造を反映する。神話の類似性は、社会の類似性の反映であって
神話だけ取り出してその類似性を議論しても意味がない。神統・王系譜がオーストラリアやニューギニアに見当たらないのは、強力な王権がなかったから。
サブサハラの神統・王系譜神話は、そういう社会に見られる。
どれも部分的には正しいんだろうな。
神に見えるのか、単に自分より賢くて大きい生き物に見えるのか。
頭が悪くて鼻がきかないが、かわいい生き物。
ごはんを持ってきて、散歩につれてってくれる。
犬の知性で人間の知性が図れるだろうか?
自分が人間と認識して人間の行動をまねたがる犬などもいるらしいからな
まず犬の自己認識がどうなのか謎だぜ
一種の契約に基づいた利害関係のみの共生だったはずなんだよね。
氷期が終わって環境が激変し、狼も人間も飢えた。
その生活様式の変化に合わせて狼は人間に餌をもらい
人間は狼に狩りや牧畜を手伝ってもらったり、外敵の侵入を教えてもらったりした。
そこから知能の差で徐々に差がついて、現在の状況になっただけだから
犬はきっと今でも飯をくれるからここにいてやる、という気持ちなのかもしれない。
最近の研究では犬がリーダーの命令に従うのは利己的な行動であって
本能としてそういう風に出来てるとか、服従しているわけではない事もわかってきてるしね。
多くの思慮を兼ね備えるという事だから
「八意思兼神が居るから思考思念がある」という考え方ではない。
そもそも、日本神話には「人間が知恵を得る」みたいな話すらない。
つまり、最初から人間てのはソコソコ考える能力を持っていた。
それどころか、動物も神話に出てくる範囲では
人間と同程度の知恵を持ってる。
多神教では、あるいは日本神話ベースでは
全てのモノに思念があるって事じゃないかな。
ある意味奥深い日本的考察ですね
オカルトのようでオカルトでない
学問のようで学問でない
そんな隙間の観点がこのスレだと思う
鑑みてこのテーマを掲げてると思うので板的にはおkな内容だね。
入力も出力も出来ない
その上の 形而上的な いわば 魂が 五感を動かさせる これはアリストテレスもそうだとおもふ
両方有機的に機能して 人間 ただし完全な魂はないならば 完全な人間はいない また五感にパーフェクトを求めるのも難しい
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「物は何からできているのか」
分子→原子→原子核→クォーク→???
???の部分が、人の思考としてとめどなく構築されては泡のように消えていく
思考の産物と同じものではなかろうか?
つまり、ハッブルの法則(科学)とウロボロスの蛇(古代哲学)は
リンクしてると思うのだがどうだろうか?。
クォーク以下になると、そろそろ超ひも理論みたいなものが出てくる。
こうなると「最小構成を構成するものは何だ」って話には繋がらなくなる。
代わりに次元とか、そういった方向に研究がシフトするだろうけど。
思考とは何の関係もないだろ…
結局、山に掛かっている雲を確かめにいくのと大差なくて、まさに雲をつかむような話。
存在があやふやな物にたどり着いたのに
それが絶対的な存在だと思い込みたいだけでしょう。
全てを粒子のような根本の力や何かと考えるのは論理的であり
関係を考えるのに都合が良い。
物理学では物事の壁を越えることはできない、
例えば時間とは何か?場とは何か?世界は何故あるのか?
物事をその類で計ろうとするからこそ計りが表せる尺度を越える
事はできない。プランク時間より短い時間は意味がないという理由
によりそれを学んだ学生の論理的思考はプランク時間は全ての
根源でそれ以上の細かさはないと短絡思考へ繋がる。
ノルアドレナリン・・不安、覚醒、集中
セロトニン・・・・・上の二つのコントロール
βエンドルフィン・・・多幸感、鎮痛
アセチルコリン・・・興奮、記憶、学習、レム睡眠
ギャバ・・・・・・・神経の鎮静、不安や緊張を和らげる。
現在解っているだけでも、人間の「心の動き」はこれらの物質でコントロールされている。
今後更に多くの物質が見つかるだろう。
この脳内物質の存在理由、目的がは生命活動の維持である事は明白。
心はいずれ、物理で解明できる。
思考の傾向で男女差がある事は確かだ。
人間は胎児のある時期までは全て女であり、アンドロゲンの分泌によって左脳の発達が抑制され
右脳が発達した「男性脳」になる。
アンドロゲンはストレスによって分泌が抑制、あるいは不安定になり
ストレスの強い社会だと結果、生まれてくる男にホモがふえる。
アフリカの一部地域や、
大戦直後に生まれた子供達、現在の50代にホモが世界的に多いのはよく知られた事実。
ストレスの高い社会では子供の生存率が下がるため、種がその時期を「やり過ごす」ために
繁殖行動というリスクを回避しているのではという説もある。
いずれにせよ、人間の思考は極めて物質的な物に支配され、
環境によって大きく左右される物である事は確かだ。
思念という人間個々が生み出す現象を、多種多様な神話的には
どう捉えられ、その本質はなんであるのかを百家争鳴に仮説を
出し合うのがこのスレの趣旨であります。
思想は原子を構成する素粒子のありように関わるのではないかと思われます
音楽(空気を媒質とした粗密波)も思想には影響を与えるが素粒子の性格そのものの方が大きい気がします
結局は、科学なんて「現時点では正しいと思われてること」に過ぎ無いんだよ。
人間は相変わらず無知だってこと。
科学が絶対に正しいと思い込んでる人は、宗教と同じ。
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の3点において宗教とは峻別されるべきだと思うけどね
科学が絶対に正しいと思い込んでる人は、宗教と同じてのには同意するけど
現代日本においては「モラル」がそれっぽいものになってるな
実際は予測、推理に基づいてデータの方を当てはめていくやり方も多くをしめる。
科学=実験の再現が可能なのは一部にすぎない。
特に量子論になるとほとんど手探り状態。
今回のニュートリノの実験もスイス-イタリア間、
750キロ離れた発射地点と終着点の自転による位置時間の誤差が数万分の一秒あり
その時間差をぴたりと併せるのは困難。この時計の誤差である可能性もある。
要するに、再現性を確保するだけの技術的精度をまだ人間は持ち合わせていないのだ。
その電子が情報量をもっている間は思念情報は消えない。
これは普通の電子機器でも残留ノイズとして日常でおこる。
重要なのは、情報には重さがあるってことだ。
電子には僅かに質量があるあらな。
ある一定期間その場に電子の情報が留まる事も十分に有り得る。
7日とか49日とかはその辺から来たのかもな。
思念て現象でしょうが。
その根源が何かとか問うことが間違い。
問いが間違いというか。
その現象の根源を神話的なアプローチから推察するのがこのスレの趣旨なんです
意識は編集済みの取得情報を再生したもの
反復された情報は意識にのぼりやすい
言語化されない未処理の情報は無意識下に
置かれる
念のようなものから生じて念に戻るのかもしれないな
「はじめに言葉があった。言葉は髪と共にあった。言葉は神であった。」
言語化こそが、細分化、定義化、具体化とも言えるから、
まず初めに言葉ありきと言うのも素っ頓狂な言説でもない。
ヨハネの福音書は新訳だし、明確にギリシア思想の系譜にありますがな。
ちなみに言葉(ロゴス)=キリストな。
だとすると「言葉」が根源ではないのかな。
ほんとは言葉が起きる前に膨大な思念の作業があったと思うんだが。
通常は脳に納まっているが、心臓が止まると脳から出て拡散する、蘇生した場合は脳に戻る(臨死体験をしたと言う)が、
しなければ意識情報は宇宙に在り続けるか、若しくは別の生命体と結び付いて生まれ変わるのかもしれない。
スチュワート・ハメロフ博士
分かる気もして面白い意見だと思う。
否定するには意外に冷静に熟慮せねばならないと。
その言い方はいいと思ったな。
とにかく、思念の根源は可塑性の高い
超複雑ネットワークだとおもうよ。
そしてその感覚を突き詰めると宗教哲学になるのであろう
スチュワート・ハメロフ博士
…ってか?
そして神経学では脳の構造も11次元の可能性があるらしい
とすると思念の根源と宇宙の最小素粒子は同じ可能性があるから
生物が生きていた時に生じたあらゆる思念は死後も宇宙がある限り
存在し続けるんじゃないだろうか。
残った思念が宇宙の中で秩序を保ったままで残るか、
バラバラになって渾沌化して宇宙に残るかは想像上でも論理付けできない。
インド哲学、仏教哲学が2千年ほど前から深い方向に行っていたと
要するにオカルト志向ではない深い宗教・哲学は科学とも相反しないものなのではないかと
科学は反証をしなければ認められないが哲学は論理的思考で行われ反論がなければ過程的事実とみなされる。
古代にはすでに分子の存在を哲学は見抜いていたしそういう事は多分にあるね
哲学や心理学、はては脳科学の領域まで、この問いに対する答えを求める旅は続いている。ある者は、それを過去の経験や記憶の総体から生まれる、と論じた。また別の者は、人間の根源的な欲求や、遺伝子に組み込まれた本能が形を変えたものだと説いた。
私個人としては、もっと単純なことではないかと思っている。つまり、思念とは「生命のエネルギーが、外の世界と出会ったときに生じる摩擦」ではないだろうか。
ローマ時代の哲学者セネカが「人生は戦いである」と言ったように、生きることは常に、何かと向き合い、それと対峙することに他ならない。例えば、私の友人に、ある日突然、勤めていた会社を辞めて故郷に帰った男がいる。彼は「思念を整理したい」と語った。彼の思念の根源は、都会での競争や、人間関係の複雑さという「外部からの摩擦」だったのかもしれない。
思念は、ただ静かに心の中に湧き上がるのではなく、外の世界からの刺激とぶつかり合うことで、その形を、色を、そして熱を帯びていく。その摩擦こそが、人間という存在を、そしてその思念を、常に新しく、そして力強く動かし続ける原動力なのではないだろうか。
脳を含む人体が外からの刺激(何も刺激が無いまま時間だけが過ぎていく退屈も含む)に対して同レスポンスするかという途方もなく複雑な演算と過去のデータの参照の過程が我々が意識とか精神とか読んでるものじゃないの?
引用元https://itest.5ch.io/lavender/test/read.cgi/min/1286309516


