0001天之御名無主2012/01/21(土) 07:56:31.35
かつては日本にもたくさんいた水上生活民の風俗、文化、歴史、彼らがなぜそんな生活を
選択したのか、なぜ続けられるのか、行政からどういう扱いを受けているのかなど、自由に語ってください。
001112012/01/22(日) 20:06:35.65
すいません、>>1に以下の文章を入れていたつもりでしたが、抜けてしまってました。
対象は、家船、ビルマのモーケン族、中国の蛋民、ベトナムのホーチミンやハロン湾の村々、
カンボジアのトンレサップ湖、セーヌ川やアムステルダムなどでクルーズ船で生活する人達などに
なるかと思いますが、長期航海者の生活や漂流民などの話も必要に応じてあっていいかと思います。
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0014天之御名無主2012/01/23(月) 12:03:26.34
昔の倭寇と水上生活民って、ほとんど似たようなものというか、
漁民とか水上生活民の一部が、海賊行為もやっていたんだろうな。
0015天之御名無主2012/01/23(月) 12:47:21.20
マラッカ王国なんか、オランラウト族(マラッカ半島の水上生活民兼海賊)の力が無ければ、
建国できなかったぐらいだし。
0017天之御名無主2012/01/23(月) 14:08:24.34>>14
松浦党がか?
0018天之御名無主2012/01/23(月) 15:54:11.75
むしろそういうのの前身がじゃない?
とか、瀬戸内海の漁民とか。
家船で生活していた連中とか。
0019天之御名無主2012/01/23(月) 17:17:20.97
村に住む農民の中のあぶれ者が足軽になったように、
水上生活民の中のあぶれ者が、海賊になったんだろうね。
0013天之御名無主2012/01/23(月) 07:48:32.72
家畜を船に積むと船酔いしたりはしないのでしょうか?
0020天之御名無主2012/01/23(月) 18:22:37.22>>13
多分する。
0022天之御名無主2012/01/23(月) 21:29:25.21
やっぱり行政側にとって、水上生活者はやっかい者なんだね。
住民税も取りにくいし。
0023天之御名無主2012/01/24(火) 00:10:35.58
蛋家、蛋民、Aberdeen
0027天之御名無主2012/01/24(火) 08:47:27.66
>>23
なんだよAberdeenって
無言で単語だけ並べられてもわけわからん。
0030天之御名無主2012/01/24(火) 12:20:14.07
>>26
Wikipediaより
中国の「蜑」、「蜑家」という語、
あるいは「蜑女」という表記を用いて、「あま」と読み、日本の漁民や海女を指す例が近世の文書に見られる。
例えば、『南総里見八犬伝』に、「蜑家舟」と書いて「あまぶね」と読む語が登場する
0046天之御名無主2012/02/04(土) 15:47:08.02
家船の子が何人か小学校にいた。
貧しかったけど古くからの巻物があることが彼らの誇りと親から
聞かされてたみたい。。。
本当は、自分たちの方が海の権利を最初に許されたとかいう・・
大抵、小舟から降りた祖父母と住んでたみたいだけど、余り長くは
いなくて、学期が変わるといなくなったりしてたな・・・
ちょっと不思議な記憶として残っている
市か教育委員会かの担当の人が聞き取りとかしてたような気もする
0047天之御名無主2012/02/05(日) 20:47:28.69
これは貴重な証言。
他にもなにか思い出したら、何でもいいので教えてください。
0048天之御名無主2012/02/06(月) 13:55:57.96
相当古い話だから細部は曖昧。それより公の資料見た方がいい。図書館にあるはず。私が生まれた昭和30年代から少なくとも物心つく頃まで存在したのは確か
0056天之御名無主2012/02/07(火) 20:40:55.38>>54
>多分大きな図書館なら見れるよ。
すいません、どういう書名なんですか?
正確な名前じゃなくてもいいので、どういう単語が含まれているかだけでも教えてもらえると探せるんですが。
0057天之御名無主2012/02/07(火) 23:38:51.52
家船民俗調査報告書とかそんな感じの冊子。そんなに凄い資料じゃないよ…教育委員会が出してたと思う。他にはなんか人権系からも資料出てた気もするなぁ
0058天之御名無主2012/02/08(水) 07:36:36.78
情報ありがとうございます。
広島県教育委員会著『家船民俗資料緊急調査報告書』ですね。
図書館で取り寄せてみます。
0054天之御名無主2012/02/07(火) 16:22:40.85
多分大きな図書館なら見れるよ。もしくは役所に聞けばいい…当時は、不思議な存在とは思ったけどまだ街中に粗末な住居は沢山あったし、電信柱も木製の時代だから船ノ子達を過剰に特別視はしなかった…ただ交流は少なかった
0050天之御名無主2012/02/06(月) 16:46:02.49
家舟と思われる物体なら、小さいときに見たなあ。
もう、34、5年前か。
市の中心を流れる川の河口付近、
河川敷に半分陸に乗り上げる形でおいてあった。
葦が高いもんで結構隠れててね、
大きさは6メートルぐらい、幅は2メートルもあったかどうか。
天井の低い2階建てで、高さも2メートル程度と思う。
大人は中で直立はできなかったんじゃないかな。
もしかしたら一階部分は倉庫だったのかもしれない。扉と屋根が赤いトタンだった。たぶん錆び止め塗料の色だろうね。
中に毛布がたくさんあって
いつも白いシャツとか干してあった。
風化したポリ袋も全体にたくさんぶら下がってて、
その中によくわからないガラクタが詰め込まれてた事はよく覚えてる。
河川敷はただのヘドロと葦の湿原で、その頃は全く整備されてなかったんだが
その上に細い板で護岸から船まではしけを造っていてね、
同じ物が多分、ぽつんぽつんと5、600メートルぐらい間隔で
3、4隻あったと思うんだけど、他のはよく知らない。
子供の頃はテリトリーみたいな物があって、他校の校区には行かなかったからね。高校生になった頃にはもう無くなってたな。
その流域は部落系が多くて、
漫画みたいな、トタン屋根に石を置いてる家もまだあちこちにあったよ。
ちなみに九州。
0051天之御名無主2012/02/06(月) 19:02:14.66
北九州?
0052天之御名無主2012/02/06(月) 23:45:37.00
東九州。
0053天之御名無主2012/02/07(火) 08:04:43.60
0010天之御名無主2012/01/22(日) 18:57:53.46
別府の湯治舟って、どういうものか分かる人いたら教えてください。
客が連日で湯治したくても、宿も何も無かったから、移動式の宿として使われていたということなんでしょうか?
0055天之御名無主2012/02/07(火) 18:37:22.42
>>53
違うと思う。普通の田舎町だから。
さらにずっと昔は、その辺りは蛤の産地だったんだが
川が汚染されて死滅したんだよ。
たぶん、元はその漁舟だったんじゃないかな。
友達の親父さんは猟銃の免許を持っててその川で鴨を撃ってたんだが、
人家は近くにたくさんあるし川幅だって狭い。
今にして思えばよくこんなとこで・・・と絶句するよ。
現在なら間違いなく免許失効、下手すりゃ刑務所行きだろう。
まあ、つまり、地方はその当時はまだ、そのくらいおおらかで
今とは全然違ってたよ。
0059天之御名無主2012/02/08(水) 10:32:34.05
夢無くすと悪いんだけど、当時多分NHKの番組でも取り上げられたと思う。単に船に寝泊まりしてる近海漁業者って感じでそんなロマン持たない方がいいよ
0064天之御名無主2012/02/11(土) 23:48:26.0
8家船民俗資料緊急調査報告書の件だけど、私は上でどこでも読めるように書いたけど、改めて確認すると案外貴重な資料になってるみたいだね。ただ確か何年か前にどっかの本屋か仕事で寄った政府刊行物の資料室で見たんだけどなぁ…
0065天之御名無主2012/02/12(日) 01:14:37.52それ、宮本常一が調査、執筆してるやつだ。
0088天之御名無主2012/03/03(土) 14:23:04.39金柄徹 著『家船の民族誌』は、このスレ的には必読。
巻末の参考文献も充実しているので、とりあえず抑えて置いた方がいい。
0078天之御名無主2012/02/16(木) 14:57:23.2418
名前:世界@名無史さん 投稿日:2009/04/14(火) 20:35:08 0
東南アジアには日本の家船、中国の蛋民と同じような水上生活者(漂海民)がいるね。
「オラン・ラウト」「モーケン」「バジャウ」などと呼ばれる。
フィリピン南部(ミンダナオ島とスールー諸島)から、対岸のマレーシア(センポーナ沖の
ブムブン島)へ移動したりしてるよ。
0089天之御名無主2012/03/03(土) 23:30:20.36
>>87
今日、『南アジアの漂海民―漂海民と杭上家屋民』って本を見つけたけど、杭上家屋って言葉があるみたいだね。
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096天之御名無主2012/03/05(月) 22:23:51.67
>>14
>昔の倭寇と水上生活民って、ほとんど似たようなものというか、
というか、元祖日本の水上生活民が倭寇でしょ?
0097天之御名無主2012/03/08(木) 19:56:53.05
倭寇以前の時代にもいたんじゃないの?
0098天之御名無主2012/03/09(金) 23:21:01.72
もちろんいたよ。
だから日本史学会では十三世紀に突如として活発化した倭寇の原因を
海民に求めることはあまりない。
前期倭寇はどちらかと言うと九州の在地領主による大陸での略奪行為。
背景には元寇の被害による労働力や物資の不足、中央の統制力の低下などが挙げられてる。
0099天之御名無主2012/03/10(土) 17:21:17.70
松浦党は海民じゃないの?
0100天之御名無主2012/03/10(土) 18:46:11.86
松浦党を結成しているのは肥前の宇野御厨を基盤とする武士。
彼らの領主の地位はその地の根本開発領主であることに由来するから
彼ら自体は海民ではない。
もちろん支配下には多くの海民がいて他の武士団と比べると海洋的性格が強いけど、
だからといって海民そのものではない。
0101天之御名無主2012/03/11(日) 00:16:31.77
>>100
宇野御厨は海産物も納めてるけど、それ以上に牛牧として有名だもんな。
国牛十図でも肥前国御厨牛は最上級の位置づけ。
筑紫牛が元寇のせいで都の一時激減したというのも興味深い。
↓参考。東大農学部図書館所蔵『国牛十図』
http://www.lib.a.u-tokyo.ac.jp/tenji/125/04.html
0102天之御名無主2012/03/11(日) 07:54:15.27
>>100
九鬼氏みたいなもんかな?
海民を統率したがもともと地上勢力ということで
0102天之御名無主2012/03/11(日) 07:54:15.27
>>100
九鬼氏みたいなもんかな?
海民を統率したがもともと地上勢力ということで
0106天之御名無主2012/03/12(月) 15:50:32.28
>>102
里見氏も忘れないで
あとは村上水軍とも関わり深い河野氏とか
0128天之御名無主2012/05/06(日) 17:45:49.28
昭和40年代までは淀川にもいたぜ
0130天之御名無主2012/05/08(火) 20:03:50.46
フランスにも水上生活者いる。固定資産税、家賃がいらないので安上がりだってさ。
0137天之御名無主2012/07/24(火) 23:28:00.83
テレビ番組で大塚寧々が、モーケンの村を訪ねてた。
スマトラ沖の大地震で、モーケン族は家船の生活を止めて、今はすべて陸上で暮らしているんだって(笑)
0139天之御名無主2012/07/30(月) 18:11:38.66
トンレサップ湖、昨日、世界の果てまでイッテQでイモトがレポートしてたね。
最近流行りなのか?
0142天之御名無主2012/10/09(火) 19:51:50.81
瀬戸内海の家船について詳しい方に教えていただきたいのですが、
彼らの結婚式や出産はどのようなものだったのでしょうか?
(本当は「家船の民族誌」を読みたいのですが、どうしても手に入らないので…)
ネットで検索してみたところ、
「結婚も出産も船の上だった」「子供は船で生まれて船で育つのが当たり前だった」
といった文章があり、陸の農村にあるような妊娠・出産時のタブーは無かったのか?と。
お産で妻が亡くなった時はどうしたのか?
産婆のいない状況での出産となると、奇形や障害の子供が生まれてしまった場合は両親のどちらかが戻したのか?
あと、常に妻や子供が一緒にいる状況だと、風俗・売春業の女性との交際は無かったのか?などなど。
家船衆は自由の民で夫婦の絆が固く常に一緒に海に生きて…みたいな文章ばかりで、
彼らの生活をちょっと美化し過ぎなのではないか?と疑問を感じてしまいましたw
0143天之御名無主2012/10/10(水) 08:13:25.81
『家船の民族誌』、手元のコピーを見てみたけど、出産についてはどうも何も書いてないようだったよ。
関係ありそうな、
・船に住む夫婦漁師
・家船民の女性
という項しか見てないんだけどね。
0144天之御名無主2012/10/10(水) 11:48:37.70
>>143
レスありがとうございます。
専門書にもとくに記載が無いというのは困りましたね…
現地を訪ねて直接聞いて回るしか無いのかなあ。
なぜ家船の女性の出産が気になったかというと、
宮島の女神、市杵島姫命についての言い伝えを読みながら
ふと思いついた事があって、それを確認したかったんです。
0145天之御名無主2012/10/10(水) 12:21:01.61
呉市吉浦町の言い伝えによると、宮島の神さまがこの近くを船で通り掛かられた時、
にわかに産気づき、池の浜という浜辺に御座船のもやいを取り出産された、というお話があります。
臨月の妊婦が船に乗っていた事にも驚きですが、更に驚いたのは、陸地に上がる事も無く出産した、という部分です。
陸に上がって産屋を建てたなら、普通は「◯◯に宮島さんの産屋が~」みたいな言い伝えになりますよね。
ひょっとしてこれは、家船の女性もこのように
して船の中で出産したのではないか?
瀬戸内海のあちこちにこういった女神の出産や、子供を連れて船で通りかかった話が残っているのは、
沿岸部や島の人間にとって、船中出産・船中子育ての光景が珍しいものでは無かったからなのでは…と。
0146天之御名無主2012/10/10(水) 12:59:29.76
妄想乙、な書き込み連投ですみません。
通常、船乗りは女性を船に乗せることを嫌がったそうですが、家船の女性にはそういうタブーがありませんよね。
タブーを乗り越えても許される存在という事で、海の神に近しい者、あるいは女神そのもの、と同一視されていたのではないでしょうか。
海の女神が嫉妬深く、船に女が乗っていると怒って沈めてしまう、などの言い伝えも、
家船の女性がとても気が強くタフで、家船集団の中で、妻(母)の決定権が非常に大きかった事から由来しているのではないか?とか、
船の中で夫婦生活を営む者からすれば、妻や母以外の女性を船に乗せたら、その女性を巡って男達がトラブルを起こす可能性もあるし、
もし浮気や恋愛などに発展したら、新しい女性によって古い女性が船から追放されてしまう恐れも生まれてしまいますよね。
トラブルを避け一族の結束を弱めないためにも、
厳しい掟を設けて、伝統的に常に夫婦一組で生活するようにしてきたのではないか…
と、そんな事をつらつらと考えてしまっていますw
0155天之御名無主2012/12/12(水) 04:10:58.46
瀬戸内や長崎の家船民は、漁業の関係で家船生活をしてるんじゃないの。
一方、東京や大阪の水上生活者は、近世、都市部の運河による舟運の発達で、
水上交通や舟運物流業者として、水上生活者となったんじゃないの。
両者の系統は全く別ものだと思うんだけど。
0156天之御名無主2012/12/15(土) 11:41:15.61
都市部舟運とはいっても
多摩川やら熊野川といった河川は
材木の筏流の利権があった。
木場(材木商)が呼び込む杣工達が、河川の澪標整備をしているので
利権の塊みたいなもの。
都市部の河川なんか、河川勢力が実効支配してなくて、
材木商と杣工といった深山勢力の実効支配地域なんだよ。
0157天之御名無主2012/12/16(日) 11:50:08.76
>>155 薪炭は材木商の利権だから
舟運物流業者というのは、河川勢力とはいえない
0158天之御名無主2013/02/06(水) 18:31:30.50
河川ごとに事情が違う。
澪標は川の下流部の砂州にあるもので内陸部には作らない。
暴論だな。
0174天之御名無主2015/08/27(木) 16:32:00.05
一ヶ月くらい前に、ベネズエラの水上村落をやっていた。
マラカイボ湖西岸で夜は雷常駐になる地域(これの紹介番組)、一秒に一回雷鳴、稲妻のペース。
北からのカリブ海温気流と南の山からの冷気流がぶつかりそうなるらしい。
水上に家を作ると、雷はすべて周囲の陸上の樹に落ちて安全だって
0175天之御名無主2015/11/03(火) 04:18:51.82
うろ覚えだけど小説、泥の川では最後に主人公の友達は
舟で家を引っ張られるとかそんな感じでどこかへ引越していったっけ
学校にまともに通えなかった子供が多いだろうな
0177天之御名無主2015/11/19(木) 22:43:57.75
>>153
極貧生活者が家船の全てではないよ。
陸に上がって会社や工場に勤務して子供や孫もみんな大学に行かせたという人だっている。
里の人間は漁民差別する奴らもいるから出自は言わない人も多いけど、風貌などから何となくお互いにピンときたり。

