2010/12/07(火) 21:08:45
小宮の御柱ももうだいたい終わったし
次の御柱までの間に、諏訪周囲の信仰について語らって
6年間を過ごしましょう。
こぉぉぉぉぉゥれぇはさんのぉぅぇぇぇぇえええええ!
ヨイサ!
ヨイサ!
ヨイサ!
※お諏訪様以外の話題でもいいです
|
諏訪の神さまに会いに行く 由緒と由来を知りたくて訪ね歩いた諏訪神社 [ 北沢房子 ] 価格:1760円 |
![]()
2天之御名無主垢版 | 大砲
2010/12/07(火) 22:54:38
諏訪大社以外には何があるんですかいの?
冬の諏訪湖に神の歩く道?と呼ばれる自然現象があるのは聞いたことがあるけども
2010/12/08(水) 22:54:05
>>2
そこら中に氏神様がおるよ。
御社宮司様とかも氏神だし。
街中を見ると、夫婦地蔵とかもかなり多い
縄文のビーナスもおる(茅野だけど)。
諏訪大社の関係といえば関係だけど
洩矢神という神の末裔が今でも生きてる。
あと、稲荷信仰とかも盛ん。
>冬の諏訪湖に神の歩く道?と呼ばれる自然現象があるのは聞いたことがあるけども
それは御神渡りだね。
なんか最近出てないような気もする
2010/12/11(土) 03:59:55
なんか意外と知らない人が多いようなので、まずはちょっとした解説からはいろうか。
諏訪大社は2万5000以上の末社を持ち、起源も非常に古い。
信濃国の一宮であり、神位は正一位であり、信濃的には日本一の神社。
よく誤解されるが、諏訪大社は春宮・秋宮・上社・下社の4宮で構成され
場所としても諏訪~茅野の広域に分散している、神社集合体。
祭神は大国主の子である建御名方神とその奥さん。
10月になっても出雲に帰らないため、諏訪は「神在月」である(理由は諸説ある)。
主な神事は「御神渡り」「蛙狩神事」「御頭祭」「御船祭」「御射山祭」そして「御柱祭」。
最も有名なのは6年に一度、諏訪・茅野・岡谷を上げて行われる御柱祭で
10トンもの巨木を切り倒し、人間の手で曳行して、4つの宮に4本ずつ(計16本)建てる。
日本三大奇祭としても有名で、お祭りというレベルをはるかに超越した、信濃国の行事。
参加する氏子の数は数万人にもなるとか。
また、この年は一年を通して「御柱祭の年」であり、諏訪周囲の神社は
中規模の社から小さな祠まで、それぞれの御柱を建直す(小宮祭)。
2010/12/11(土) 04:02:41
知名度としては落ちるものの、御頭祭も奇祭として有名。
狩りを行い鹿を得て、頭を切り落として捧げるが、その数が75頭とかそんなレベル。
(現在は非常に残念な事に剥製を使っています。神様怒るだろjk)
それ以外にも鹿の「脳和え」「生鹿」「生兎」「切兎」「兎煎る」鹿の五臓などが神饌として捧げられて居た。
ちなみに兎はまるごと一匹、下から串刺しにして立った状態。
これら神事は、建御名方神ではなく、それ以前に地域に居た「もっと前の土着神」のモノとされる。
(モレヤ神、チカト神、ソソウ神に加えミシャグチなど)
国譲りの段で天津神に敗れた建御名方神は諏訪に逃げ込んだ事になっているが
その際に、上記神々を率いたモレヤ神と戦争になり、勝利して現在の地位を得る。
建御名方神の氏族は諏訪氏で、代々大祝を担い
洩矢(モレヤ)神の氏族は守矢氏で、代々神長官を担う。
どちらも、神から続く家系図を持ち、諏訪では神として扱われていたが
既に大祝は途絶え、神長官についても守矢氏は生き残っているものの
一子相伝の神事は伝えられることなく、消えてしまっている。
2010/12/12(日) 00:26:30
おお、スレ立てようかと思って何年も悩んでいたんだ乙!
諏訪信仰スレじゃなくて諏訪周辺の信仰スレにしたのが良いね
御柱祭が有ったり同人ゲームの元ネタになったりでちょっとは知られたかな
諏訪全般でこの板だとお題はどんなのがあるかねー
ミシャグジ信仰・諏訪大社(特殊神事)・御柱・諏訪版国譲り・建御名方周辺
守矢家・大祝・お神使様・原始信仰・甲賀三郎伝説・諏訪勘文・鹿食免・祝神
もっと有る気もするけどこんなもんか
2010/12/12(日) 02:16:15
諏訪界隈には街中に小さな祠が多く
夫婦地蔵もやたらと多い。
石棒がそこら中にあるんだけど、あれは普通なのかね?
2010/12/12(日) 04:13:11
夫婦地蔵ってあまりない気がするが双体道祖神と違うのか?
他の地域の事を知らないので小さい祠が多いのか分からないけど
自分の地区で見ると半径1km以内に20社はあると思う
山に隣接している地域は山の神も多くあるからね
同族で祀っている祝神(これも諏訪地域だけか?)の祠も多いかな
道路沿いにない場合はその地区の鎮守とかにまとめられていることが多いね
あと石棒はミシャグジ信仰とも関係が有ると言われているけど
縄文遺跡の宝庫なのが大きいと思う、発掘調査で出土すれば博物館行きだけど
田畑の耕作等で出てきた場合は神社、道祖神、小さい祠へ奉納とか
そのまま御神体としてお祀りされてるケースが多い
2010/12/12(日) 08:51:11
>>10
そうそう、双体道祖神ね。
石棒は小さな祠に入れてあるのもあるけど
親戚の家では玄関に置いてあった。
まぁあんなもんいっぱいあるから
出たものは出たとこで保管すりゃいい
と言ってたけど、そんなモンなんだろうか。
うちの近所も半径1kmなら20くらいはありそうだなぁ。
古めの家ならどこも家に一個ある
2010/12/12(日) 16:25:16
諏訪と縁がないので初歩的な質問させてください。
石棒ってよく縄文時代の遺跡とかで出土するものと同じ形状ですか?
2010/12/12(日) 18:47:20
>>12
石棒は金精信仰とかと違って縄文時代のものそのものがほとんどで
後年に作られて奉納されたものは少ないと思う
なのでどんなに古い年代に作られた祠や建物より一番古いものだったりする
2010/12/14(火) 21:25:14
~諏訪豆知識~
この辺りでは、神様なら稲荷だろうが佃煮だろうが
とりあえず四方に御柱を建てる習慣がある。
女神の場合は建てないという説もある。
19天之御名無主垢版 | 大砲
2010/12/15(水) 21:40:38
伊勢でも柱を引っ張ってるようだけど、
やらないと諏訪の人達が暴れるからだ
と聞いたことがある。
31天之御名無主垢版 | 大砲
2010/12/29(水) 22:41:32
あまり詳しくないのですが、質問です。
諏訪大社に祀られている建御名方神は「海の神」ですよね?
お船祭りなどもその名残だと思うのですが、長野には海がないのですよね。
諏訪湖を海としていたのでしょうか?
それとももともと海のあるところの神様で、
中つ国平定の際に建御雷神に追い立てられたからなのでしょうか?
あと、聞いた話だと、諏訪で鎌を軒先(?)に飾るという風習があると聞いたのですが、
これについて詳しく知っている方がいたらいろいろお話を聴きたいです。
どのようないわれがあるのでしょうか?
諏訪大社と関係はあるのでしょうか?
よろしくお願いします。
32天之御名無主垢版 | 大砲
2010/12/30(木) 04:43:43
日本海を渡って列島の日本海側に至り、そこから南進した人たちだから父祖が信仰した海の神を祭るのは当然だと思う。
そして諏訪の人たちの一部はさらに南進して、大和朝廷に隷属するまでに太平洋にも到達している。
(その経路が現在のR153)
最終的には衣に至ったが、壬申乱後、持統天皇の時代に大和朝廷に滅ぼされた。
なお、衣の海=衣浦の地名が残っている。
碧海(あおみ)と呼ばれていたのは、そう青くもない海だが緑色の強い日本海とは違う青みの強い海だからそう名づけたのだろう。
もちろん歴史からも彼ら太平洋に至った王権の存在は抹消されている。
大和朝廷が崇める最高神が彼らの神と習合しており、不都合だったこともある。
33天之御名無主垢版 | 大砲
2010/12/30(木) 09:34:57
出雲~糸魚川~安曇野~諏訪が入路じゃないのか?
諏訪に限っては後々まで特別扱いされた地域。
タテミナカタノミコト=海の神と言う認識もない。
ナギ鎌の縁は知らない。諏訪大社に関連する事は確か。
2010/12/30(木) 23:30:02
>>32
丁寧な回答ありがとうございます。とても興味深いおはなしです。
やっぱり諏訪には不思議がいっぱいですね!w
>>33
私もそう思っていましたが、>>32さんが仰っているのはそれを信仰する人たちの経路かなと。
そういえば、霧ヶ峰に「薙鎌神社」もありましたね。気になります~。
2011/01/02(日) 19:08:45
一年神主ってのはいつまで続いてたんだ?
2011/01/02(日) 22:59:01
意味は全く異なりますが言葉自体は残ってますね。
頭屋(とうや・当家)と呼ばれる祭祀の(準備も含めた)責任者ですが。
2011/01/04(火) 04:13:17
一年神主って意味は二つあって一つは>>40と同じそのまま一年交代の神主
>>39が言ってるのは一年で役目が終わって殺されちゃう人柱、生贄の方でいいかな?
まず俺の知識だと断っておくけど
これ諏訪信仰語りだと何か魅力的で結構流布してるけど
最近の地元研究者はあまり注目しない感じを受ける
大祝は違うから該当すると言えば風祝かな
十訓抄とかに出てくるけど鎌倉期の守矢文書や大明神画詞にも記載がないので
鎌倉期にはもうこの風習はとっくに廃絶されていたと言われている
あとは神使(おこう)様は御頭祭に生贄になった説もあるけどだいたい否定的
途中で生贄になったら一年間務めることができないしね
まあ、諏訪の信仰って謎が多くて分からないことだらけなので
十人十色かもしれないから一参考までに
44天之御名無主垢版 | 大砲
2011/01/13(木) 17:13:19
おみわたりって温暖化だけではなく、護岸をコンクリートで固めてから出来にくくなったんだってさ。
2011/01/15(土) 21:54:21
日本の聖地(神社)は独善的な一神教世界と違い、豊穣な多神教風土が残っているのは幸いだが、
実際そこに祭られてる信仰対象の歴史・正体が良く分からないケースが多すぎる
2011/01/15(土) 23:07:39
本来は日本の神様じゃないからじゃね
2011/01/15(土) 23:54:47
元々は土着のカミを祀る霊場に、官製神話(記紀)の祭神名を当てはめたり、
外来の様々な宗教・信仰がミックスされて分け分からない状態になったからだろ
68天之御名無主垢版 | 大砲
2011/01/22(土) 07:22:11
現地の人に聞いたら上社の御神体は裏山に岩があってそれという話。
2011/01/23(日) 16:13:02
洩矢神と建御名方神の子供の系図がイマイチ理解できない。
あれはどういう事なんだろ
72天之御名無主垢版 | 大砲
2011/01/24(月) 09:02:33
具体的に何がどう理解出来ないんでしょうか?
2011/01/24(月) 19:18:51
洩矢神 →千鹿頭神 →児玉彦命
建御名方神 →片倉辺命 →児玉彦命
↑ここ
片倉辺命─(実子)→児玉彦命
↓
千鹿頭神─(養子)→児玉彦命
こういうこと??
75天之御名無主垢版 | 大砲
2011/01/25(火) 10:32:01
伝承されている血統を現実のものとして頭から鵜呑みに・・・?
2011/01/28(金) 19:03:59
>>75
事実かどうかを聞いてるんじゃないよ。
民俗学板なんだから、もう少しマシな頭を持って欲しい。
諏訪周囲の信仰で正史に近いであろうと思われるのは、建御名方神。
対する洩矢神、神長官守矢氏の系図は口伝による秘事だとして
少なくとも守矢氏は、正史と口伝に相違が有ることに気づくでしょ。
何しろ、長い家系図のどうでもいい途中が交雑するわけじゃなく
洩矢神から三親等というかなり直近で起こってる。
諏訪氏の方の系図を見ても、片倉辺命の跡を児玉彦命が継いでいるわけじゃない。
片倉辺命→児玉彦命 という流れを後代に残す意味があるとすれば
守矢氏の血統への介入・牽制かな と考えられなくもないが
肝心の守矢氏家系図は詳らかになっているわけではないし
やはり目的が今ひとつ不明。
「現実に起こったんじゃない?」は考えうる一つの筋道だし
「後代で何らかの利益の為に偽造されたのでは?」というのも発想の一つだ。
90天之御名無主垢版 | 大砲
2011/02/18(金) 17:10:53
古代の諏訪研究を極めれば日本の秘密がかなり解けるらしいが、
それをやっちゃうと今の皇室の存在がやばくなるんで、封印されてると言うか自粛してるとか、
そんな風潮があるのかなと思う。
91天之御名無主垢版 | 大砲
2011/02/18(金) 17:12:00
なんかケルト人に共感するな。
2011/02/28(月) 15:29:15.97
諏訪産出の黒曜石の分布は関東全域 110天之御名無主垢版 | 大砲
2011/03/02(水) 17:32:24.67
諏訪(和田峠、霧ケ峰)に限らず
神津島や伊豆箱根の黒曜石も東日本中心に広く分布してるけどね。
2011/03/30(水) 04:52:03.25
公認神話で、タイマンでボコボコ・いい所無しの敗残兵の役割を被って、
地元の者(特に神職関係)は汚名を晴らそうとは思わなかったんだろうか?
まったく健御雷神に歯が立たず、一矢も報いず両腕引きちぎられて、諏訪まで逃げて命乞いして止まったのが起源って・・・
あまりにも情けなさすぎる
地元信仰のプライドはなかったんだろうか?
朝廷の権力なんて後々まで続かないし、記紀の扱いへの批判や、従来の伝説や新説なんかを、
もっとアピールする機会はいくらでもあったのに
2011/03/30(水) 04:52:03.25
公認神話で、タイマンでボコボコ・いい所無しの敗残兵の役割を被って、
地元の者(特に神職関係)は汚名を晴らそうとは思わなかったんだろうか?
まったく健御雷神に歯が立たず、一矢も報いず両腕引きちぎられて、諏訪まで逃げて命乞いして止まったのが起源って・・・
あまりにも情けなさすぎる
地元信仰のプライドはなかったんだろうか?
朝廷の権力なんて後々まで続かないし、記紀の扱いへの批判や、従来の伝説や新説なんかを、
もっとアピールする機会はいくらでもあったのに
2011/03/30(水) 04:52:03.25
公認神話で、タイマンでボコボコ・いい所無しの敗残兵の役割を被って、
地元の者(特に神職関係)は汚名を晴らそうとは思わなかったんだろうか?
まったく健御雷神に歯が立たず、一矢も報いず両腕引きちぎられて、諏訪まで逃げて命乞いして止まったのが起源って・・・
あまりにも情けなさすぎる
地元信仰のプライドはなかったんだろうか?
朝廷の権力なんて後々まで続かないし、記紀の扱いへの批判や、従来の伝説や新説なんかを、
もっとアピールする機会はいくらでもあったのに
2011/04/01(金) 02:08:07.71
>>120
少なくとも諏訪においては侵略者側だからじゃない?
勝って統治権を手に入れたんだから祟る必要がないじゃん。
2011/03/31(木) 15:20:22.32
>>120
それこそに建御名方大神、建御名方刀美大神さまの真髄がある。
ただ己の為だけに無為な闘いを大和朝廷に仕掛けたわけじゃ決してない。
そもそも目的を果たしたという意味では負けてなどいない。
2011/04/18(月) 03:29:59.90
>>121
諏訪に限らず、日本神話ってのは
国津神が負けたけど、負けきってない話だからね。
本当に負けていれば、キリスト教みたいに悪魔化してしまう。
(足長・手長とかは妖怪扱いになってるけど)
日本神話では、侵略側が確かに勝ったという話ではあるけど
割りと平和的に平定して、共存していくってお話だし
各地にある神社や伝承は、国津神のモノも多いからねぇ。
2011/05/15(日) 20:25:06.09
公式神話に無様な敗残を晒した(改竄、貶められた)神が、
よりにもよって「日本第一の軍神」として堂々と崇拝されてきたのが謎過ぎる
「日本書紀」にこのエピソードがない事も関係してるんだろうか
(本居以前は「古事記」は「日本書紀」講書の際のサブテキスト扱いの立場で、もともと「紀」の方が重んじられてきた)
2011/05/16(月) 01:06:36.58
そーね、古事記は「国史」じゃないからね
伝承集みたいな扱いだった
藤原一族のゴリ押しがいかに酷いゴリ押しだったかという記憶は
江戸初期くらいまでは残ってたんじゃねえの?
タケミカヅチもフツヌシも、中央高地には全然無関係だからな
2011/09/22(木) 23:42:00.16
>>130の>(足長・手長とかは妖怪扱いになってるけど)
ってアシナヅチ・テナヅチのことですか?
だとしたら何故妖怪になったんですか?
どういうことなのか説明してください><
136天之御名無主垢版 | 大砲
2011/04/26(火) 14:35:57.49
ミシャグチを祭るところは信濃に多いのは確かだが、シャグジは関東近辺にも
ある。
縄文の神とする説があるが、だとすれば何故これらが東北に少ないのだろうか?
2011/04/26(火) 15:46:17.81
東北はシオツチ神信仰だからじゃないかな。

シオツチオジ
名前の「シホツチ」は「潮つ霊」「潮つ路」であり、潮流を司る神、航海の神と解釈する説もある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/シオツチオジ
2011/05/15(日) 14:55:03.96
モリヤの神とミシャグチ神ってどういう関係ですか?
2011/05/15(日) 18:58:26.15
個人的にはミシャグジ神祭祀を仕切っていた一族の神格化が洩矢神だと思っている
だけどなぜ洩矢だけの専売特許みたいになったのかは謎
2011/10/14(金) 09:38:20.59
このスレで良いのかわからないけど、祝神って諏訪独特のもの?氏神とは違うの?
2011/10/14(金) 16:15:01.47
>>182
手塚治虫によれば祝殿(いわいでん)と言って
山梨と長野の一部で行われており「氏神様」を
文字通り解釈した神社とのこと。
祝神も先祖まつりも宅神祭の大規模なもの。
基本的に氏子全員の苗字が同一なので、直会
などの際には区別のため屋号が飛び交う。
…こんなところでしょうか。
2011/10/14(金) 23:29:25.70
>>183
ありがとう。諏訪特有のものでもないのか
祖父母が諏訪出身で東京に移り住んだんだけど、うち含む非長野県民の同族一同が
建てた小さい社が諏訪にあって、調べてみたら祝神?らしいということで調べていたのです
ちなみに諏訪らしくミニ御柱が建っていたけど一本だけだったので最初、何この汚い杭?と思ったw
2011/10/16(日) 01:31:53.99
>>185
同じ氏族で氏神的なものを祀る形式は全国どこでも見られますが、
諏訪で面白いのは、そういう集団もしくは集住地域を
「まき」と呼ぶところです。
だから祝殿や産土神のことを「まき神」と呼ぶこともあります。
2011/10/16(日) 23:38:07.00
>>187
そうなのか。確かに巻って聞いたこと無い
自分、諏訪人じゃないし苗字+巻って書いてあったから最初「巻」って名前かと思ってたよ
うちの祝神の建立者も多分知らなかったと見えて微妙に使い方間違えてるしw
教えてくれてありがとう
2011/10/19(水) 23:49:59.67
牧が由来だと昔から牧の字は放牧地って認識が有りそうだが
それだともっと広い範囲の字名とかにならないか?
字が牧→巻に変化している地域名とかならあるけどね
個人的には取り巻くとかの「巻」方がしっくりくるな
分からんので適当だけどw
2011/10/20(木) 00:56:47.67
少なくとも平安時代、信濃には官牧がたくさんあって、
諏訪にも三つ四つあったんだよね。全国で二十もない中で。
街道筋の宿場町になった時代でも、重要な馬宿であり続けたわけだし。
その管理集団がルーツなんじゃないかなあというホント憶測です。
2011/10/20(木) 20:45:37.91
縄文時代は、諏訪湖や山の地形を利用して、鹿を囲い込んで狩りをしてた
「ま」は強調、「き」は境界、の意味で、狩りを中心とした共同体の単位だった
モレヤ神の仲間のチカト神は鹿を中心とした狩りの神
以上から、「まき」は意外と古くからあった概念で、官牧などの馬の牧はそれを上書きしたのかもしれないよ
2011/10/21(金) 03:07:43.21
>>197
そういう語源説はなんとでもいえるからねえ。
少なくとも諏訪で境界の意味といったら、「き」じゃなくて
柳田言うところの「sk」の言葉だろ。サカとかサクとかスクとか。
千鹿頭の話はなにが関係あるんだか、よくわかんねっす。
でも、ケモノを囲い込むことを「マキ」だっていう解釈なら面白い。
狩猟でも牧畜でも同じに「マキ」だという。それはあるかも。
2011/11/06(日) 00:21:27.16
>>199
狩りをするときに巻という。
巻狩りとか巻き上げとか。
巻は狩りをするコミュニティの単位でもある。
2011/11/12(土) 01:25:07.05
江戸時代までは、漢字をどう宛てるかなんて超いい加減だったからな
漢字に囚われるとなにも見えない
日本語は音なんだよ
2011/11/14(月) 11:33:48.59
望月なんかの実態から考えると、馬の柵(まのき)じゃないのかと思うんだが
2012/01/16(月) 01:37:30.37
諏訪神社に関して信用のおける研究対象は中世以降。なぜなら文献があるから。
それ以前に関しての言説はおおむね妄想。
考古学の成果をきちんと踏まえているのなら妄想レベルからは脱するが。
2012/01/16(月) 23:19:19.36
上社と下社の仲が悪かったせいで下社系の文献が充実してないのは痛手だね
下社が負けてなかったら信仰形態は変わっていたのかねー
金刺家が滅んでいなければ総領家も変わっていたかも、などと妄想
2012/01/17(火) 02:11:49.94
>>148は諏訪限定、信仰限定の話ではなく、文献から見た日本全体の治世の話だろ。
もちろんそれでも憶測レベルだが、妄想とまでは言えない。
そういう古い文献には、残念なことに、上古以前の諏訪で誰がどんな祭りを
していたかという情報は、また聞きの噂程度が2、3件しか残ってないんだよ。
>>217
1行目、まったくです。しかしまあ、歴史は常に勝者のものですから。
2012/03/15(木) 14:02:25.13
長野県下伊那郡豊丘村神稲の「佐原」(読みはサハラ)という集落に佐原諏訪神社(御手形神社)があります
ここの御祭神は、建御名方神と武甕槌神だそうです
佐原というと千葉県の佐原を連想しますが、ウィキによれば千葉県の佐原という地名の由来は
「古代から香取神宮が鎮座し神官の祭典の時に使用する土器、「浅原(さわら)」を造って納めていたので「サワラ」という地名がついたともいわれている」
偶然の一致かもしれないが面白いと思いました
2012/10/29(月) 02:30:19.59
今読んでる精霊の王(中沢新一)に主にミシャグジについてだけど諏訪周辺の信仰について書かれてて興味深い。
辰野の鎮大神社ってところにも行ってみたい。
2014/01/07(火) 14:37:34.42
去年の新聞に次回の上社の御柱は辰野から調達って書いてあったけど、
地形的には宮処牧の山向こう…のような感じだからいいのかな?
いや、いまでも何らかの関わりがあるんだろうなと思った次第で。
2012/11/01(木) 08:11:37.01
>>234
〈お諏訪さま 祭りと信仰〉
諏訪大社 監修 鈴鹿千代乃.西沢形一編
勉誠出版を図書館で見つけ、読んでみたけどかなり面白かったよ。
諏訪大社は何度か行ってるけど、守矢資料館にも行きたくなった。
242天之御名無主垢版 | 大砲
2013/04/07(日) 06:42:38.73
>>234
遅レスですが
諏訪明神 カミ信仰の原像
寺田鎮子・鷲尾徹太著 岩田書院
自分の知りたいことのかなり核心に触れていて読んでいてわくわくした。
2015/03/16(月) 17:05:33.03
真弓常忠氏著『古代の鉄と神々』に拠れば、諏訪大社は古代製鉄業に従事した
人々が建南方を祭神として祀った神社で、御柱は踏鞴炉の高殿の4本の押立て
柱が元だと。さらにその南柱を最も神聖視し、そこに金屋子神を祀ると。これ
より製鉄従事者の崇敬する神社は南宮なのだと。
『梁塵秘抄』にある「南宮の本山は、信濃国とぞ承る・・・美濃国には
中の宮、伊賀国には稚き児の宮・・・」の本山が、諏訪大社。
274天之御名無主垢版 | 大砲
2013/12/20(金) 16:05:07.33
元諏訪って言われてる神社が徳島にあるね。
かなり古いらしい。ここから現在の位置に移ったんじゃないかとも言われている。
288天之御名無主垢版 | 大砲
2014/05/10(土) 15:47:34.45
>>274
>元諏訪って言われてる神社・・・・・・・・・・・・・
社名は、何というのですか?鎮座地名も、やはりスワなのですか?
291天之御名無主垢版 | 大砲
2014/09/25(木) 17:13:57.98
>>288
名西郡石井町浦庄字諏訪
多祁御奈刀弥(たけみなとみ)神社
2015/03/16(月) 17:05:33.03
真弓常忠氏著『古代の鉄と神々』に拠れば、諏訪大社は古代製鉄業に従事した
人々が建南方を祭神として祀った神社で、御柱は踏鞴炉の高殿の4本の押立て
柱が元だと。さらにその南柱を最も神聖視し、そこに金屋子神を祀ると。これ
より製鉄従事者の崇敬する神社は南宮なのだと。
『梁塵秘抄』にある「南宮の本山は、信濃国とぞ承る・・・美濃国には
中の宮、伊賀国には稚き児の宮・・・」の本山が、諏訪大社。
313天之御名無主垢版 | 大砲
2016/06/24(金) 01:56:05.56
今年の御柱祭で死者が出て、神社が訴えられてるね。
死ぬかもしれない緊迫感が祭りの高揚感を盛り上げるのに。
組み体操を止める運動会みないなものかw。
2016/06/24(金) 13:46:23.44
これまでの死者は結構な数になるのでは?
死ぬ者とその家族・関係者の身になってみろ
いずれこの祭も必ず形を変えることになるだろう
318天之御名無主垢版 | 大砲
2016/06/25(土) 16:42:02.90
>>314
何十年もの間、結構な数の死者を出しながらも、形を変えずにやってきた。
そのことの意味を考えるのが民俗学。
2016/07/14(木) 12:15:11.27
昔に比べれば大分現代に譲歩しているとおもうけどな
ここの祭祀系統は
神=自然
自然は恵をもたらし、そして時に命をうばう
優しい神様だけじゃない
だから「畏れ」「敬う」
348天之御名無主垢版 | 大砲
2017/07/10(月) 08:48:54.44
昔はあの柱に生贄くくりつけていたんですよね、なんて聞いちゃダメだぞ
358天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/18(日) 07:14:47.51
>>6
いつから諏訪大社って名乗りはじめたの?
最初は名前違ったよな
359天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/18(日) 07:20:07.29
もっとも古い文献では南方刀美神社だけど
出雲大社と同じで途中で名前変わってるのが解せない
362天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/19(月) 06:12:17.20
諏方郡の南方刀美神社 という表記だから すわ という地名は古代からあるのはわかるんだけど
謎や
364天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/19(月) 10:33:52.78
「すわ」は周防の古い呼び名だし
タケミナカタは周防から諏訪に移住して来たんじゃないかな?
365天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/19(月) 12:59:28.46
みんな貴重な意見ありがとう
東北住みで、こないだ初めて諏訪大社訪れてから興味持っていろいろ調べてたんだけどなかなか情報少なくて。
平安時代の延喜式には
信濃国 諏方郡 南方刀美神社(二座 )並明神大社
となってて古くから崇敬を集めてたのが伺えるね
2018/02/19(月) 19:26:41.25
東北なら出羽一宮の鳥海山の「鳥海」も、
元の読みは「とみ」なんじゃないかな。
367天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/19(月) 19:49:15.14
>>366
鳥海山にある神社は大物忌神社ですな
369天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/19(月) 22:15:22.52
>>366
そうです。もとは「とみやま」です
372天之御名無主垢版 | 大砲
2018/02/21(水) 04:18:02.32
ミナカタなんだから宗像氏じゃない?
2018/02/21(水) 04:56:43.64
>>372
>ミナカタなんだから宗像氏じゃない?
大当たりー(^O^)/
2018/02/21(水) 06:39:28.15
北部九州からかいや
2018/02/21(水) 08:20:27.71
いや「九州の前」がある。
大神神社の初代神官はオオタタネコだが、『新撰姓氏録』によれば、このオオタタネコは宗像(宗形)氏の一族なんだな。
んで、その大神神社から直線で僅か2km南にご鎮座するのが宗像神社。
そしてその宗像神社のご鎮座する地こそが登美山(鳥見山)
の地なの。
この辺、匂う匂う~
でも宗像氏。さらに「その前」がある。
2018/02/21(水) 08:57:45.84
紀伊半島をもうちょっと下がって紀三井寺のある和歌山市三葛。
こここそが南方熊楠の出た南方姓の発祥の地とされているんだよなあ。
紀三井寺って、紀の国の巳(みい=蛇)さんの寺
ってことだよ。
南方刀美神社の地主(とこぬし)神も巳さん(蛇)でしょ?
で、タケ南方神がその抑え(結界)の役目をしているんだよ。
2018/05/27(日) 15:12:01.93
実家神奈川だけど親戚が伊那と安曇野にあり
諏訪の御柱祭と穂高神社の御船祭を見に行ったことがあります
安曇野氏も元は九州北部の海人族でその移住だと伝えられてますね
宗像氏も同じ九州北部の海人族
どちらが古いのかな
2018/06/30(土) 14:25:12.82
スレ読んだ
元地元民で諏訪明神絵詞も続群書類従のやつは読んだ
書籍は上で紹介されていた「諏訪明神」くらい
ここでいう「諏訪信仰」って地元民はほとんど知らないと思うよ
もしかしたらネットの情報で、最近は地元民でも興味のある人はスレ民と同じように思っているかも
まず地元民は上社と下社は別物との認識
自分は上社側だったから下社のことはほとんど知らない
「諏訪明神」も著者を案内した地元の人が上社側だったからか、下社側についてはあまり突っ込んでいなかったね
452天之御名無主垢版 | 大砲
2018/11/30(金) 19:42:25.23
「諏訪大明神絵詞」の桓武天皇の御宇に阿部高丸を海から攻めた折に、海上の波の上を騎馬で渡った時の不思議な様を描いてるが、この時から「諏方すわ」の二字を「趨波」と書いたと言ってる。(続群書類従巻第七十三諏訪大明神絵詞上500ページ)
「すわ」は「すほう」あるいは「すおう」とも関連ある?
454天之御名無主垢版 | 大砲
2018/12/01(土) 12:11:58.56
海人伝承というのは要するに、フェニキアやギリシャ人などの古代地中海文明を日本まで民族が違う海人達の間で伝え持ってきたということ。
諏訪の周辺の湖・誕生の神話がギリシャのオルコメノスなどの湖・誕生神話と酷似してるのも、その一例。
2018/12/01(土) 22:34:50.64
九州北部から出雲・越を経て安曇野・諏訪へ
または佐久・小海から諏訪へなのかも知れない
海人族・出雲族の神はそれと共に流入したのはわかるけど、モリヤ・ミシャグチが元々の土着の神?
あんな山の中に進出したのはやはり地下資源と当時の交通要所だったからなのかな?
458天之御名無主垢版 | 大砲
2018/12/01(土) 23:21:27.58
>>456
和田峠の辺りから黒曜石が採れるのと
湖のおかげで冬も食料がとれるので縄文時代から栄えてたんじゃないのかね
出雲系はヒスイの採れる越の糸魚川を征服してそのまま妙高高原を越え信濃の諏訪まで勢力下においていったんだろう
450天之御名無主垢版 | 大砲
2018/11/29(木) 18:41:22.59
地質的に諏訪湖って凄いんだよな
2021/01/08(金) 20:26:13.24
上社と下社って諏訪の祭祀拠点として一体感を古くから持ってたみたいだけど、それでも厳然と上下分かれてた理由は何なんだろう。
本来=大祝に降ろした神、の意味なら
ミシャグジ(原田哲郎氏)か、普通にタケミナカタ
またタケミナカタとしても、古事記通りにとるか
ミナカタトミが古事記には組み込まれたとして、違う説をとるか…
2021/01/10(日) 15:15:42.53
金刺氏と諏訪氏で分かれていたらしい
金刺はもともと諏訪とは関係ない外からきた役人みたいだな
なぜ神職になったのかは、古代は信仰が権力だったのだろう
古代は信仰>>>金だったのかもな
2021/01/10(日) 16:59:25.61
守谷資料館の人は中央が監視の為に下社を建てたと言ってたな。
2021/02/13(土) 23:57:29.70
何を目的としてや
2021/02/14(日) 09:21:01.12
>>511からの流れだと曰く
下社ができたのは中央が(認識だか推奨だかする祭祀から外れることのないよう)
上社を監視するためだ、と読める
2021/04/04(日) 23:30:02.52
>>522
守矢資料館のしおりによると、明治維新に伴って世襲神職が廃止されるのを惜しんで、口伝の一部のみ引き継いだとあるけど、実際のところ、その一部が残っていた全てなんではなかったかと思う。
530天之御名無主垢版 | 大砲
2021/08/01(日) 22:54:58.15
>>33
天竜川を遡ってきた説もあり、伊那谷(下伊那)には建御名方神が立ち寄ったとされている手形神社や、また信濃國二之宮・小野神社等が鎮座まします。
2018/12/15(土) 07:12:37.99
神氏の系図の古代部(御衣祝以前)についてのまとめ。
およそ下の三説あるかと。(説の名前はテキトーです)
・建御名方直系説:洲羽国造家―神氏:神氏系図(神氏系図称一族系図の中の漢文)より
・金刺氏分家説:金刺氏―神氏(乙頴より分家):異本阿蘇氏系図より
・金刺氏より養嫡子説:洲羽国造家―乙頴(養嫡子で継続):修補諏訪氏系図正編(神氏系図、異本阿蘇氏系図でも解釈可能)
補足として、
・洲羽国造家は、ここでは建御名方命から御衣着祝の手前までの便宜的表現。(洲羽国造の実在は不明)
・直系説でも神氏系図によれば神氏に金刺氏の血は女系で入っているし、分家説・養嫡子説でも、阿蘇比売命が洲羽国造家とすれば(修補諏訪氏系図の補、大祝武居祝系図)、その血は入っていることに。
・「異本阿蘇氏系図試論」では「神氏系図」(神氏系図称一族系図と同じものかは不明)も異本阿蘇氏系図と同様中田憲信らの作と疑っているらしい。修補諏訪氏系図正編の系図は「中田憲信著諏訪家譜抜粋増補」。
金刺氏については、異本阿蘇氏系図、一本金刺氏系図(中田憲信著引用)、大祝武居祝系図とも祖は神八井耳命。日本三代実録にも金刺舎人について同様だと。
(異本阿蘇氏系図以外はネットで見られる諏訪資料叢書28巻と修補諏訪氏系図.正編・続編を参照した。)
2018/12/15(土) 07:24:21.77
史実か否かや実在性は別にして、各系図には編纂或いは書いた人の思いが反映されるもの。(系図以外もそうだけど)
諏訪氏家譜や寛永・寛政の諏訪氏の系図は清和天皇を祖としているが、これは徳川家と同じにしたいという思いかと。(修補諏訪氏系図続編には、そうでない古い系図を某が処分した、とあった)
見る人も同様、それぞれの思いでどう解釈するかは変わってくると思います。
血統、中でも男系重視か、或いは養嫡子としても家柄が重要か。
下社側か上社側か。皇統か或いは建御名方の系がよいのか。などで。
(特に当該家の人の思いは強いでしょう)
個人的には、「有員より前はわからない。養嫡子はあったかもしれないが、神氏の家柄は建御名方命を祀る一族から続くもの」と、当たり障りなく思っています。
2018/12/16(日) 19:56:01.43
総てを鵜呑みにはできないけれど
天皇系が各地を平定融合していたとしたら
『多くの場合にらみられる、その平定した土着神も祀った後に、実は皇族に繋らなる系統と知ららしめている点』
その元々の土着の神々は天皇系よりずっと古くから永く栄えていたことにる
出雲の石田家、千家、諏訪だとモレヤ、ミシヤグチが、それにあたるのでないだろうか
469天之御名無主垢版 | 大砲
2019/04/04(木) 13:10:40.78
諏訪では神に仕える手長足長が
福島県会津地方では人々を苦しめる物怪とされ磐梯山山頂に封じ込められている。
諏訪の神仙がなぜ東北では悪霊とされているのか詳しい理由を知ってる方はいますか?
磐梯山から猪苗代湖を挟んだ湖畔近くにある守屋神社が関係しているのかな?
470天之御名無主垢版 | 大砲
2019/04/04(木) 16:22:51.50
伝承を見た感じでは壱岐の海人族が東北を襲った話じゃないですかね
その海人族が諏訪に移住してるんでしょうか
471天之御名無主垢版 | 大砲
2019/04/04(木) 19:47:35.67
>>470
なるほど
その説なら秋田や山形の日本海側にも似たような伝承がある事も説明がつきますね。
阿賀野川を遡れば会津地方にも来れるし
472天之御名無主垢版 | 大砲
2019/04/04(木) 21:44:17.91
ナガスネヒコと関係があったら面白い
2019/04/07(日) 11:53:50.34
長髄彦はわからないけど、土蜘蛛とする説はあるよね
2020/12/20(日) 17:14:47.80
神話の時代からの土地の特徴が名前として残ってるとか感慨深いものがあるな。
ところで何故諏訪以外の土着神は残ってないのだろうか。
規模の違いか?
やはり諏訪地方には一大勢力が存在したんだろうな。
大和朝廷と戦争をした証拠品は発掘されたりしないのだろうか。
普通国譲りなんてするか?
2020/12/20(日) 20:20:13.37
諏訪大社の血筋も絶えてしまうのか?
2021/01/01(金) 22:43:44.22
大祝家なら既に断絶したし、神長は次期当主は決まってるけど口伝は失われてるし、他の世襲神職と似たようなもんだしで、既に終わってしまったかと。
2021/01/01(金) 23:29:31.00
>>487
諏訪の民の中にきっと続いてるさ

