0490本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 04:36:03.98ID:v9Gdi/vU0
遅レスだけど、うちの近所にも水神様をお祀りした竜王の名を冠する神社がある。
確かに近くにデカイ川があるし、大雨の時に氾濫して被害がでた事もある。
ただ、ここの神社に伝わる伝説は二種類あって、一つは水田の堤が何度も破壊される事件が相次ぎ
神職の方に相談した所、人智を超えた者の仕業だと言われ、その荒振る存在を神様としてお祀りし
供物?を捧げ祈ったところ、災いがなくなったと言うお話。
0491本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 04:47:05.20ID:v9Gdi/vU0もう一つはちょっと不気味。
その集落の長の元に恐ろしい人喰いの刀があり、夜中になると刀は箱から飛び出し、近隣の住民を
次々と斬り殺してその命を喰らっていた。
長は刀が暴れぬよう箱に石を詰め石を喰わせて
被害を防ごうとしたが、やがてそれも限界に。
救いを求めて神に祈った長は、神に導かれ巨大な岩と沼のある場所へ辿り着く。
波立つ沼をよく見るとそれは大量の蛇がびっしり蠢く蛇の底無し沼だった。
恐る恐る沼に刀を沈めると、刀は呑み込まれ二度と出てくる事はなかった。
村長はその場所にお社を作り、神を崇めたと言う。
どっちが本当なのかな?
0492本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 05:09:27.28ID:rApzwpWw0
どっちも同じ話なのかもしれないと、どうして考えないのか?
0493本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 12:27:19.59ID:YAKUMntKI
前にも有る様に「蛇」=水神様
川が氾濫し困るので社を建てて祀り、その際に人身御供も捧げる、人身御供は忌み事なので後世に言い伝えとして残す為「人喰刀」のせいにして今も語り継がれてるのでは?
0494本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 19:18:42.99ID:v9Gdi/vU0同じ話ではあるんだろうけど、伝わり方に違いがあるんだよね。
一つはある部族?に伝わってる神話で、一つは近隣の農家に伝わる民間伝承なんだよね。
0497本当にあった怖い名無し2013/09/25(水) 00:43:35.58ID:zgGbgW+Z0>>491
刀は、武家社会が発展する以前(平安時代とか)は希少価値が高くそうそう農村で持てるものではなかった。
古代の民間伝承に「刀」が出てくる事自体に馴染みがないという事なので、
仮にこの伝承があるとするなら、武士が台頭した中世以降につくられたものである可能性が高い。
一方で前者の話は堤が「何度も」破壊される程治水技術が農村に行き渡っていなかったのだとすれば、
割かし古い時代であっても無理はない。ってか中世になってもそんな「何度も」被害出るなら人は住まない。
「どっちが本当?」って質問が「どっちの方が由緒正しいのか?」って意味ならやっぱ前者なんじゃないの?
あと「部族」ってなんだwwアフリカとかボルネオの森じゃないんだからww
0498本当にあった怖い名無し2013/09/25(水) 01:29:20.51ID:CEM+i0BD0>>497
わー、詳しい説明ありがとうです。
そう言う歴史的な事って全然分からないから助かったよ。
部族って言うか、刀の話がぶっちゃけア民族に伝わる民話で、堤破壊が近隣の農家に伝わる
伝説なんだよね。一つの神社に二つの話が伝わってるのって面白いなーと思う。
水が豊かな場所で、昔その辺りは水田だったらしいんだけど、堤破壊のせいで稲作から手を引いた
農家が多く、養豚場や養鶏場なんかに切り替わったんだけど、今度は火災が頻発して廃業続出。
一見平和で綺麗に見えるのに、今じゃ、何故か産廃業者のゴミ置き場ばかりになっている。
0500本当にあった怖い名無し2013/09/25(水) 21:18:10.91ID:zgGbgW+Z0>>498
ア民族?
やっぱりアフリカ民族か・・・
0501本当にあった怖い名無し2013/09/25(水) 21:21:50.13ID:gZ4/tD//I>>500
どうみても「◯イヌ民族」しか無いだろうがw
0502本当にあった怖い名無し2013/09/25(水) 22:41:05.82ID:CEM+i0BD0堤が破壊されたと伝えられてるのは、周辺に住んでいる一般の住人で、主に高齢者ですよ。
地元の有名な言い伝えと言うか、割とお年寄りは知ってる話かなー。
ヌ民族の話は、神話の本に載ってたりします。
0503本当にあった怖い名無し2013/09/26(木) 00:18:45.09ID:NbG1HQZX0
アイ○はなぜ隠さなければならないん?
いちおう自分も上に倣ってそうするけどww
むしろ蝦夷の方が差別的な呼び名だと思ったけど。
0504本当にあった怖い名無し2013/09/26(木) 01:05:55.40ID:NbG1HQZX0
>>491
の記述にはいくつか誤解を生みやすい個所があって(特にお社という表現は致命的、正しくは祭壇)、でも確かにアイヌの伝承に違いないみたいだね。
おかげでいろいろ合点がいったわ。
その刀はおそらく蕨手刀のような直刀で古来の蝦夷が使ってきたもので、後に日本刀の原型になったと言われるものだと思う。
西のヤマト政権と蝦夷たち東北以北は奈良~平安時代をピークにずっと戦ってきたわけだけど、実は当時の製鉄技術は蝦夷の方が優れていると言われていた。
直刀の大量生産が可能だったし、村の男は誰もが戦士だったから村長クラスが直刀、というかどんな鉄製武器を持ってても不思議はない。
アイヌ≠蝦夷とは言われているけど、文化的には繋がっていたから説得力はあると思う。
0505本当にあった怖い名無し2013/09/26(木) 01:07:14.83ID:NbG1HQZX0
あと、前者の神社の話だけど、調べてみると造営はどうやら明治~昭和の間っぽい。
龍王って言葉が決定的で、八大龍王のことを指しているけどこれは仏教の神。
つまり、神仏習合した龍神がアイヌの神を殺し覆いかぶさる形で、アイヌ神話の地の上に社を建てたというわけだ。
おそらく江戸時代に入植してきた神職の仕業じゃないかな。
自分がいちばん面白いと思うのは、諏訪の蝦夷が蛇を水神としたように北海道のアイヌも蛇を水神と見なしたこと。
そして中国から来た、「蛇に非常によく似た」龍神(神道&仏教)が蛇神を上書きしていった、という事実が浮かび上がってくること。
>>440で言った、「さぞ蛇の怨みと畏れは深かろうと」というのはここに繋がってくる。
0506本当にあった怖い名無し2013/09/26(木) 11:25:43.79ID:2bVivhTB0
川や水の流れる様子は蛇を連想させるから
蛇が身近にいる人なら同じような発想になるんじゃないか?
そして蛇を神格化したものが龍
0511本当にあった怖い名無し
>>506
>蛇が身近にいる人なら同じような発想になるんじゃないか?
日本ではそうだったので、蛇神信仰は蝦夷やアイヌら縄文系が主流だった時代はおそらく全国であった。
ただ、中国では水のイメージが何故か蛇ではなく龍になった。ウィキ抜粋だけど、
「角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼(幽霊)あるいは兎、胴体は蛇、腹は蜃、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛にそれぞれ似る」
というように、実際は龍を分解すると蛇は一要素でしかない。
つまり蛇をそのまんま神格化したものが龍ではないという事。
蛇の神 蛇信仰とその源泉[本/雑誌] (角川ソフィア文庫) / 小島瓔禮/編著 価格:1496円 |
古墳~飛鳥時代あたりに中国から仏教や道教が入ってくると、日本に元からいた蛇神は龍にすげ替えられてしまった。
蝦夷が制圧されていったのと同じようなタイミングでね。
そんな構図だったろうってのは割と一般的な古代史の流れ。
0513本当にあった怖い名無し2013/09/26(木) 23:30:32.56ID:x/7KV7/30
>>491ですが、詳しく説明してくれた皆さんどうもありがとうございます。
自分は全然歴史の素養がないので、凄い勉強になりました。
この辺りの川は凄く深い上に流れが急で、しかも底が渦を巻いてるそうで自殺すると死体が
上がらないんですよね。しかも、時々川の中で毒蛇が泳いでたり。
で、神社から川に沿って行くとアヌの居住跡があります。カムコタンと言う地名の。
ここでは毎年アヌ祭みたいなのやるんだけど、半端ない心霊現象の数の噂が伝わってます。
アヌ民族に関係あるのやらないのやら様々で、川を鎮める為や、道路を作る為の人柱伝説や
現秋県知事のご先祖が隠したとゆー埋蔵金伝説まであって、もう滅茶苦茶な場所です。
なので、昼間でも行きたくねぇみたいな雰囲気っぽいです。
あと、神社の敷地内には昔、清水が湧いてたそうですが、近くに上下水道の施設が出来た時に
枯れちゃったらしいです。
何かダラダラ書いちゃってすみません。
0518本当にあった怖い名無し2013/09/30(月) 14:58:20.58ID:X6Ch2dXn0
>>513
なるほどなーなんか合点がいった
神社の枯れてしまった清水と、近くの川のことがまぜこぜになって
民話に出てきた「底なし沼」になったと
清水も枯れて、ア○ヌの文化も神道に上書きされて、
色んなことが忘れ去られていく中で、民話ってかたちでも
昔の出来事が現代に生き残っているって、なんかいいな
0519本当にあった怖い名無し2013/10/01(火) 14:25:53.03ID:/YXrRC8C0
大阪にも色んな伝承があります。
かつて大きな川沿いにあった村は毎年水害に悩まされており、「泣き村」と呼ばれていた。
そこで神に祈ると神託があり毎年幼女の生贄を差し出せという。
その通りに毎年生贄を出して8年目のある日、その村を一人の侍が通りかかる。
侍は村の異様さに気づき事情を聞くと、神が人の命を犠牲にするはずがない、と憤り村人に生贄を運ぶ場所まで案内してもらう。
翌朝、村人がその場所に行ってみると血溜まりが出来ており、侍の姿はどこにもなかったという。
しかし、血がポタポタと森の奥へと続いており、その跡を辿っていくと大きな狒々が絶命していた。
これは神社のお祭りにもなっており、7人の幼女が町を練り歩き最後は神社に辿り着く。
形だけではあるが、伝説を再現した祭りらしいです。
またこの伝説と関連があるかは分かりませんが、少し離れた場所に庚申堂があります。
0521本当にあった怖い名無し2013/10/01(火) 22:44:23.67ID:UZ6+poZ90
>>519
猿の妖怪ってのは決まって女の生贄を要求するみたいだね。
宇治拾遺物語とかで紹介されて以降、類似の説話は全国で生まれたらしい。
侍というから中世の話かな。大阪で大きな川というと淀川が思い浮かぶけど。
庚申堂も少なからず関係あると思う。説話の狒々は悪いやつだけど、庚申信仰の猿は村を外敵から守ってくれる良いやつ。
まぁなんでもいいからとりあえずち猿つながりで括っとけ、って意外と適当な関係性な気はするなw
言っても民間信仰だし。
ただ、狒々が川の氾濫と関連するのはもしかしたら珍しいタイプ。
生贄を求める怪物をつわものが退治する話といえば、ヤマタノオロチ神話が真っ先に思い浮かぶけど。
もしかしたらなんか関係があるかも・・・?
523本当にあった怖い名無し2013/10/01(火) 23:40:23.02ID:WgVrbKo+0
川が反乱して人間が困るのは今に始まったこっちゃない
圧倒的力を持つ化物のせいだと思い込むのは人情
各地でそれぞれ伝説が生まれるだろうよ
0525本当にあった怖い名無し2013/10/02(水) 14:31:05.57ID:dsgiD/16O
『一夜官女祭り』の事みたい。
水絡みだとたいていは龍や蛇だけど、猿ってのは確かに面白いケースだね。
このお祭りは大阪の西淀川区らしいけど、この辺りって海が近いし、淀川の河口付近みたい。
猿が出そうな山なんて近くに無いっぽい。
昔は一帯が森に囲まれてたんかな。
0526本当にあった怖い名無し2013/10/04(金) 00:44:25.72ID:lmmeGRmR0
中国には、猿の姿をした洪水の神がいるそうだよ。
詳しくは知らないけど。
基本、猿の妖怪は女を拐ったり、もしくは生け贄として捧げることを要求する場合が多いみたい。
猿妖怪は女を孕ませた後、女を人里へ戻し子供を育てさせる。
妖怪の子なんて育てられないと、育児拒否されないよう、子育てしない女は呪い殺してしまうそうだ。
うしおととらのしっぺい太郎の話を思い出したよ。
0531本当にあった怖い名無し2013/10/04(金) 11:32:08.56ID:VtJHM3I1O>>526
それ、カクエンていう妖怪の猿やね。
あれは母子ともに返してもらえて、子供は普通の子と何も違わず人間社会で普通に成長を遂げるらしい。
0527本当にあった怖い名無し2013/10/04(金) 00:48:33.91ID:5LddIvna0
近所に猿が出没したというよりは、庚申堂が近くにあったというから庚申信仰が大きかったんじゃないかな。
またピンポイントな話だけど豊富秀吉が大阪を中心に天下を治めたころは、自分がサルって呼ばれてた事に因んで
山王信仰がとても手厚く保護されたという。
これは猿を神の使いとする神道の一派だけど大阪の民衆の間でも相当に流行ったらしい。
日吉神社、日枝神社とかいうのがそれ。この話が生まれたのが武士の時代だというならこの説もあり得るかもねw
どちらにしても当時の猿は自分たちが思う以上に身近なストーリーの題材だったのかも。
0533本当にあった怖い名無し2013/10/04(金) 16:02:52.34ID:88ZpeGTt0
庚申信仰が流行ったんは江戸時代でその中で日吉大社が拡大する
猿→日吉の祭神→日という文字から太陽という構図が生まれる
この江戸時代の流行を反映し絵本太閤記では猿と呼ばれた太閤の
母親が日輪から秀吉を授かり日吉丸と名乗るという話が作られる
日吉信仰の拡大に秀吉というキャラを利用した
秀吉が生きていた時代の日吉大社は比叡山焼き討ちで失われていて
日吉大社では秀吉の庇護で復興したとされているが実際には江戸時代
0538本当にあった怖い名無し2013/10/05(土) 17:02:26.99
オマエら秀吉がそんなに好きなら「畜生塚」って知ってるか。
秀吉の甥、秀次の官位をもじって「殺生塚」とも言うな。
でもオレがこれから話すのは言葉通りの「蓄生塚」だ。
山を生活の場にしている者の中には今でも地方の名も知れない小さな山の中にひっそりと立っているのを目にしたことがあるかもしれないな。
そんな時はちょっと立ち止まってさ手を合わせておけばいいくらいのものさ。
でも中には、とんでもなく厄介なものもあってさ、扱い方を間違えるとひどい目にあう。
オレの父の実家のあるK村にそれがあってさ、実家は代々その塚と山を管理していたんだ。
その家を仮にT家と呼ぶな。
T家は昔からその辺一帯の地主をしていて戦後の土地改正で随分変わったといっても今でも田や山をかなり持っているんだ。
T家がなぜそこまでの身代を持つに到ったか、これに関しては虚実取り混ぜてかなり面白い話もあるんだが、これから話すこととゴッチャになるからここでは割愛な。
ただ一つこんな話しがある。
昔この村に化け物が住み着くようになり村の人間を攫っては食うようになった。
困った村人たちが山の神に助けを求めた。
そしてある夜山の神が村人たちの前に現れて1人の童子と4匹の犬を託した。
その童子と犬を使って化け物を倒せと。
結果童子は化け物に食われ、4匹の犬全てが殺されたがなんとか化け物を倒すことができた。
村人たちは化け物の腹を割き中から童子を取り出すとその躯を4つに分け4匹の犬の遺骸
と共に村の4箇所に埋めた。村人たちは化け物の腹を割き中から童子を取り出すとその躯を4つに分け4匹の犬の遺骸 と共に村の4箇所に埋めた。
今T家はその埋めた場所の一つの上に建っているんだと。
他にあと三家がやはりそれを埋めた場所の上に建っている。
それらを合わせてK村四家と呼ぶんだそうな。
但し判っているのはT家とS家、M 家のみで残る一家は建っている場所も名前も伝わっていないそうだ。
一説にそれは万が一の時の最後の砦で絶対に名前を知られてはいけないいんだとか。 な、くだらなくも少し面白い話だろ?
で話しを現在に戻すと、三家は以来、半農半猟の暮らしをしている。
S家は鉄砲を使いM家は犬を、そしてT家は罠で獣を捕り一部は村で喰い、一部は山の神に捧げる。
獲物の遺骸や残滓はT家の裏山に埋めてそこに塚を建てた。
神の住む山はこのK村には無い、もっとずっと遠くにある。
だからみんなこの塚の事を「神無山」の「畜生塚」って呼んでいる。
父は子供の頃この山に入ってひどい目にあったそうだがその話しはまたこんどな。
0549本当にあった怖い名無し2013/10/06(日) 22:55:50.44ID:KLOBlZXEO
>>491
カッコイイ伝説うらやましい。
地元沖縄の名刀妖刀伝説って、怖いけど微妙なんだ。
北谷菜切って伝説なんだけど、名前の通り包丁なんだ…
北谷の主婦が料理してるときに包丁ふったら、離れた所にいた赤ん坊の首が落ちたんだって。
当然母親が疑われて捕まったけど、母親の無実の訴えたから、
一応証言の確認をするために離れた所の山羊にむかって包丁ふったら山羊の首がスッパリ落ちたんだって。
むしろどうして今までその包丁普通に使えたのかってツッコミたくなるよね。
0550本当にあった怖い名無し2013/10/07(月) 02:46:40.23ID:75nJNJ/t0
>>549
東北?だったかで似たような話を聞いたことがある
江戸の昔、貧しい農婦が背負い子に赤ん坊を入れて稲刈りをしていて
カマを振りあげた拍子に赤ん坊の首を落としてしまった
農婦はその場で自殺(方法は忘れた)
その母子の幽霊が出るというんで
首のない赤ん坊を背負った母子地蔵が今でも残っているとか
0551本当にあった怖い名無し2013/10/07(月) 20:59:00.32ID:mRDxCS+JO
>>550
山形県の滝不動と呼ばれているとこですね。
0552本当にあった怖い名無し2013/10/07(月) 21:31:52.45ID:RDx+u7Vk0
昔は鎌、鍬、斧、刀といった刃物が暮らしに多用されていたから
誤って子供や動物の首や手足を落としてしまう事故があったんだろうな
沖縄の伝説もそういうところから生まれたのかもしれない
うちの曾祖母も左手の人差し指の先がなかった
娘時代に薪割りで落としてしまったんだと言ってたよ
0554本当にあった怖い名無し2013/10/07(月) 22:15:03.44ID:O8jY9WPQ0
>>552を踏まえると、549の伝説は、
不幸にも過失で子供を死なせてしまった母を
集落での悪者(鬼婆とか、子を喰うなど)にしないための
行政措置ってか情状酌量みたいな事実が発祥か?
0563本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 01:23:35.94ID:gIOPuWvv0
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祖父方の集落に戦後には火葬が一般的になってなくなった風習で葬式の時に
遺体の足の骨を折って桶に入れて土葬するというのがあったそうだ
そうしないと墓から出てきてよくないからというのが理由だという
誰にでもやるわけでなく背が高い男が死ぬと話し合いが行われそうしていた
背の高いひい爺さんが死んだ時に足が折られたそうだ
0564本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 01:27:38.64ID:bQXMMycr0
棺桶に入らないからへし折ってたんだけど
なんかそれじゃ可哀想だからもっともらしい理由をつけたんではと思ってしまう
0565本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 03:03:07.44ID:kqsQe4NUP
>>564
間違いないな。それ以前の「甕」に埋葬してた時代なんて
殆ど足折り曲げてひざを手で抱えた状態・・
出てこれないように両足切った状態、なんてこともあった。
0566本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 11:41:03.96ID:vHeivnf80
>>565
出てこれないようになのか。それってゾンビ伝説みたいなのがあったって事なのかな。
0567本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 15:14:51.07ID:Q8svO7eN0世界中どこでも死者に対する恐れってのはあるな
風葬とか鳥葬の習慣がある所でも遺体の手足を縛ったりするもんな
0568本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 18:51:44.79ID:gIOPuWvv0
>>566
ゾンビというか犬だか狸だかが死体に取り憑いて墓から出てくると言ってたな
0569本当にあった怖い名無し2013/10/13(日) 21:04:37.89ID:ZaDYEYQW0
おきあがりを恐れてという事なら足元に鎌などの刃物を置く風習があるね。
甕のの時代は手足を折り曲げないと入らないという物理的な理由だな。
特に宗教的な理由はないのでは。
但し中には念入りに蔓で縛ってあった遺体もあったとか。
0571本当にあった怖い名無し2013/10/14(月) 19:43:28.78ID:ShCQC26d0
うっかり何かの弾みで蘇生しちゃったら地獄だな。
土葬の棺の中を調べてみたら、いくつかは中から引っかいた跡があったって本当かな?
多分欧米の話だったと思うんだけど。
0572本当にあった怖い名無し2013/10/14(月) 19:59:18.54ID:SsQ+akLg0
>>571
日本でもそういう話多いよ
掘り起こしたら爪が全部はがれてたとか
明治以前は土葬が主流だったからね
0574本当にあった怖い名無し2013/10/15(火) 03:33:45.31ID:MXXwMPIuP
>>573
まあそれがたまにあるから、死後ちょっとの間
寝かしておく訳なんだが・・人間の生命力って凄いね。
0613本当にあった怖い名無し2013/11/28(木) 23:52:50.85ID:NEN0PY8F0
現代日本の食屍習俗について
http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4756/1/KH_036_3_003.pdf
火葬後、近親者が集まり、遺骨を粉にして服用する。あるいはこれに類する行為をおこなう。
そのような習俗が日本のいくつかの地域で近年までおこなわれていた。公然とではないが点在していた。
この原稿では、何人かのインフォーマントから聞いた話と、近年の報告を紹介する。
そして、こうした習俗が行われていた理由について考えてみる。
主要な事例報告対象とした地域は、以下のとおりである。
兵庫県淡路島南部、愛媛県越智郡大島、愛知県三河地方西部、新潟県糸魚川市。
近親者による食屍は、アブノーマルなことに思われる。
しかし、長寿を全うした者、崇敬を集めていた人物が被食対象となっていることからは、
死者の卓越した生命力や能力にあやかろうとする素朴な思いが反映していることを認めることができる。
最愛の妻などの遺骨をかむことに対しても、哀惜の感情が表明されている。
これらの行為は、素朴な人間感情の表出であると考えてよい。
0614本当にあった怖い名無し2013/11/29(金) 00:09:39.21ID:8mLesuiO0
>>613に書いてある地域じゃないんだけど
某県の貧農地帯で生まれ育った祖父からそんな話を聞いたことがある
昔は食べ物が粗末だったから「カルシウム補給という面もあったんだろう」と言ってた
祖父はあっけらかんと笑ってたし、屍肉じゃなく骨粉なのでそんなに気味悪く感じなかった
0622本当にあった怖い名無し2013/12/06(金) 22:06:31.60ID:KkcnZPbyP
このド田舎に嫁いで10年。初めて婚家の身内の葬式たるものを経験したんだが
49日になった時の儀式がすごい。
早朝、海まで行って海水を汲み、玄関を外から正面に見た左から、ぐるっと
回りながら海水を敷地内にぶち撒く。
水、米、塩を茹でた汁を、玄関からすべての部屋(トイレも押入れも全部)の
四隅に竹で撒く。
竹は再生の象徴であり、塩は清めと禊。海水はまさに、古来からの禊。
米も清めと再生のために使う。
ここの地域、死のケガレをよっぽど嫌ってた人が住んでた地域なんだなー・・・と
実感。
うちの実家(他県)なんて、何もしないもの。
0624本当にあった怖い名無し2013/12/08(日) 22:11:39.33ID:bq8uXT20P
近い!!けど違う。鳥取県の西部の一地域。
かなり限定された地域でね、死人が出てから49日の間、7回、「札打ち」なる
儀式をしなけりゃならんのよ。
紙で出来た小さな札を買うんだけど、そこには地蔵菩薩、もしくは観音菩薩の名が
書いてあって、そこに戒名と没年齢(数え)で書いて、何箇所もある札打ち場所
に貼りに行く。最後の7回目は打ち止めって言って、赤い紙。それを
島根県安来市は清水寺、中国観音霊場第28番札所であり出雲観音霊場第27番場所でも
ある所に貼りに行くの。もう山道をハアハア歩いて、ミニ四国巡礼という感じ。
そして、49日法要には49個の餅を作る。
卒塔婆立てたり、野膳を墓に備えたり、49日の間は寺参りしなきゃいけないし
徹底的に死のケガレを嫌ってた地域なんだね。
札打ち習慣は、米子市の一部と、島根県の一部の習慣なんだって。
0625本当にあった怖い名無し2013/12/08(日) 23:19:57.97ID:3pLdTkAB0
穢れって概念は神道由来で >>622 で言った「竹」「沸騰させた塩水」とかは
確かに厄祓えの儀式とかで神社で使ったりする。
ただそもそも49日が仏教の文化だし、もちろん菩薩も戒名も巡礼も仏教。
複数の宗教がおもしろい感じに混ぜこぜアレンジされた民間信仰って感じだろうか。
伯耆、出雲は面白いクニだ。
0626本当にあった怖い名無し
>>625
神仏混淆時代に生まれたものだとしたら
相当古い……おそらく戦国時代からの習慣では
0627本当にあった怖い名無し2013/12/09(月) 22:25:56.19ID:PfN86hJuP
>>625
日本の葬式って本を読んだんだけどね、似てる!!って思う儀式がたくさん
あって、まさにごちゃ混ぜ。
この地域では、葬式を済ませた後に寺まで行って読経あげて、それって
魂呼び戻しの儀式らしいのね。
で、49日の寺参りは、墓参り49日に似てる。死者が蘇ってないか
49日は墓まで朝参りする習慣があるんだって。発行された年が昭和30年代で
まだ「土葬が普通」の時代だから余計に面白いんだけどね。
>>626
札打ちに回る場所と寺は、戦国時代の尼子氏の時代に建立されたって看板に書いて
あった。で、尼子氏が庇護していた大きな寺は焼き払われて今は公園になって
るんだけど、大きな岩がたくさん残ってて、そこは札打ち最後の場所(打ち止めの
場合は清水寺だけど、普段の札打ちの最終場所はそこ)なんだよね
0629本当にあった怖い名無し2013/12/10(火) 23:04:41.35ID:XMETj/rI0
>>628
日本で言う神頼みの理由は主に天災かな。
飢饉、洪水、地震・・・。祓え、雨乞い、治水。
確かに人災による被害もひどかった時代なんだけど、人災から救われ
るためには
当時輸入して間もないキリスト教へ入信するのが最も理に適っていた。
それはキリスト教義が「人の業」に着目しているから。
戦国時代にバテレンが受け入れられたのも、キリシタン思想が爆発的に流行したのも、
そういった背景があるからなんだな。
細かい指摘で申し訳ない。
0630本当にあった怖い名無し2013/12/11(水) 13:04:44.37ID:5edyw3ni0
>>629
キリシタン大名もいたし、そういう背景はあったろうね
が、戦国時代のキリスト教信者数は約30万人で人口の約5%
やはり大多数は仏教・日本神教・民間宗教をごちゃ混ぜにして拝み倒していたんだろう
0636本当にあった怖い名無し2013/12/18(水) 19:04:53.67ID:t3e9nHYu0
そういや長崎のとある島に釣りに行った時だが
みんな思い浮かべて欲しい、シスターの格好、黒ずくめで白い襟で頭巾被ってる
そのシスターが酒屋の角打ちコーナーにおっさん達と一緒にいた
ワロタ
0637本当にあった怖い名無し2013/12/18(水) 19:15:02.85ID:ROhC6wgU0
>>636
飲んでたの?
布教活動や説法じゃなく?
0638本当にあった怖い名無し2013/12/18(水) 19:30:16.53ID:t3e9nHYu0
>>637
いや、よくわからん
酒屋の中で通じてて別の部屋になってるんだけど外からも出入りできるようになってて
前の道で俺が電話を始めるとすりガラスのドアをチラっと開けてこちらを見て目があった
中には軽くテーブルと椅子があったんだが椅子に座って談笑してた雰囲気
グラスとか持ってる所は目撃してないからひょっとしたら有難いお説教かもしれない
0649本当にあった怖い名無し2014/01/12(日) 02:48:42.75ID:kFafCd0r0
キリスト教は人の救済とかで信者を集めているけれど、一部奴隷売買に関わってた
人もいるんじゃないの?バチカンに行ったことある人いないなか。それはもう
信者が偉そうに、それこそ、人種のヒエラルキーでなく、信者かそうじゃないかでヒエラルキーを
作って道も譲らずに闊歩してるよw
安寿と厨子王とかも人攫いの話だけれど、欧州や砂漠で一神教が流行ったのは
政治的手段のためだよ。広い統治領土において人心をひとつにまとめるのに、一神教は役立ったんだ
言語も風貌も違うけれど、同じ神を信じる、という点と教会への献金か
日本人は真面目だから敬虔な信者もいるかもしれないけど、常に流布する側は計算ずくめに決まってるじゃん
神道の日本に仏教を入れたのは、後発渡来人の集金システムを権力者が「効率的」と思ったからだよ
武力でなく洗脳で、金が集まる、こんなお気楽なビジネスはないよ
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650本当にあった怖い名無し2014/01/12(日) 03:10:50.93ID:kFafCd0r0
あと、当然だけれど外敵が占領を目的でよその土地に入る際は、そのエリアの最も弱いエリア
から入る。キリシタンは、反中央のB地区から入っていったんだよね
あと貧乏エリアとか。まぁ、これは日本だけでなく、どの国でも外資が侵攻するときには、中央政府から
痛い目に遭わされてる集団を一番に懐柔して武器を与える
欧州の人でも、日本に興味を持ってる時点で珍しいけれど、その中で少し学のある人などは
B落の事を普通に知っている。日本人でも若者には知らない層がいるというのに
京都で、タイから来ていた仏教のお坊さんは、道を譲らないような傲慢タイプではなかったけれど
(京都の坊さんは知らんけど)バチカンの信徒の振る舞いは、気持ち悪かった。日本の層化と実質変わらないよ
0651本当にあった怖い名無し2014/01/12(日) 04:29:04.96ID:2dmkQ+ZO0
バチカン行った事ないけど、ニコライ堂ならあるけど凄く態度悪いよね。
キリスト教ってどんな教えだっけ、って戸惑うよ。
0654本当にあった怖い名無し2014/01/13(月) 04:18:32.73ID:jY/dobU70
宗教をバカが扱うとだいたい宗教そのものが意志を持っている生き物みたいな話になるなw
宣教師がいりゃ、商人もいるし、アフリカからの奴隷黒人も日本に上陸した。彼らを保護する軍人もやってきた。
宣教師は宗教が一番前にくるけど、商人とか軍人はキリシタンである前にそれぞれの立場があったんだからそりゃ金の為に動くだろう。
キリシタンは一色じゃねえってこと。
B地区なんたら話もキリスト教が反政府に武器を与えてるわけじゃない。
キリスト教に属する国が与えてるだけの話。そりゃそうするわ。国家は繁栄しなきゃいけないんだから。
そうなったらただのツールだよ、要するに国のトップ的にはキリスト教じゃなくても何でも良かったんだよ掌握できさえすれば。
バチカンでどんな思いをしたか知らないけど宗教を個人的な良いか悪いかで測るのが一番あかんと思うわ。
あとここそういうスレじゃないし。
0655本当にあった怖い名無し2014/01/13(月) 08:32:47.82ID:kZD2Lutt0
流れ読まずに投下御容赦
30年ほど前、民俗学専門の外国人の大学教授から
男女の役割が通常と逆の部族の話を聞いた
その部族は女性が農耕に従事し、男性は家で家事・育児
それだけなら理解できなくもないが、不思議なのは出産だ
妻が臨月になって出産の日を迎えると、家にいる夫が突然陣痛で苦しみ出す
すると村人が畑で働く妻に知らせに行き、妻は家に戻って
鉄棒のようなものにつかまって立ったまま赤ん坊を生み落し
赤ん坊を夫に預けてそのまま畑に戻っていくという
大学教授は、その部族の現地調査に行ったと語っていた
自分としては半信半疑だったが、疑うのも失礼かとためらううちに
大学教授が帰国して真偽を確かめられなくなってしまった
ネットで検索してみたが、自分が聞いた通りの話が見つからない
どの国の話であるか忘れてしまったが
御存じの方がおられたら、部族名や詳細などをお教えいただけると有難い
0660本当にあった怖い名無し2014/01/14(火) 22:08:31.22ID:IqbU2C4G0
>>655
あまり細かく検索してないけど、
「クバーデ」という擬娩・擬似出産の記事はヒットした。
メキシコのウイチョル族とか。
でも妻がすぐ畑に戻るってわけではないから、的外れかも。
南方系に見られる習俗らしいから、
この派生か、派生元か、別の地域・部族の風習にもありそう
0656本当にあった怖い名無し2014/01/14(火) 01:57:31.40ID:k4x3dVBT0
>>655
その話はたまに聞くけれど、ネットにのってないんだ!?
確かテレビでもスペシャル扱いでやってたような気がするな。それは、役割が
逆って民族というより男性が陣痛を一緒になって痛がる、って民族の特集だった
ような気がする。まぁ、男性が働かなくても作物が簡単に手に入るなら水の多い南国
あたりじゃないかな
>>654
だから、宗教というシステム自体がバカだ、っつってんだよ。金を徴収する宗教はなww
どこも層化と同じ。日本は西欧ブランドに弱いから()()キリスト教に思考停止する人が多いかもしれんけど
統治するための手段であり、その中に政治軍事が入ってるのは見ればわかるじゃん。世界周ってみなよ。この広い
土地をどうやって治めよう、って考えたら、姑息なことしか浮かんでこないからw
0695本当にあった怖い名無し2014/03/10(月) 21:40:45.62ID:o5zbePvN0
>>694
で、最近このスレを上の方からだーと読んで来たものだけど
一回〆てる夜這話で申し訳ないんだが
実際の夜這の当事者を見てる人はあまり居ないようなのでカキコ。
母の叔母に当たる人が夜這の被害者(?)。母の叔母は家の近所に嫁いでいて
旦那さんが戦争に行ってる間に夜這をかけられて
妊娠して出来た子がいた(その時、既に子供は2人いた)。夜這なので相手も分かっていて、
子供の私すらも「ええっあそこのじいさんが!?」って分かる位の人。
レイプと夜這の境界線というのが曖昧なんだが、
村の人は口を揃えて「夜這」というので夜這なんだろう。
で、その生まれた子は長じて太平洋戦争末期に出征し、20歳の若さで
ガダルカナル島沖で船と運命を共にする。長いあいだ一族の墓には入れてもらえず、
その子を生んだ母の叔母の旦那さんが亡くなったのを期に、
本家であるうちの母の家の方の墓に供養碑を建てることが出来た。
夜這で出来た子はこのスレで書いてあるような村の共通の子ではなく、
当時は既に私生児扱いで「忌み物」「腫れ物」みたいな扱いだったようだ。
碑が建った昭和50年頃には、風習だからいわずもがなというよりも
その人は夜這をかけられた人と言われながらも、
「=レイプ被害者」みたいな感じで気の毒がられながら
加害者と畦で会えば普通に村の誰も挨拶はするという、実に奇妙な状態だった。
戦後は夜這は完全に無くなったようだったが、地元の女子校に行った母が
寮生活を営んでた寝室に男が侵入して来た事があったそう。
こっちは単にレイプ未遂の域なんだろうな
0696本当にあった怖い名無し2014/03/12(水) 16:25:33.29ID:Vj3ov5Mz0
>>695
貴重な話をありがとう
現代の感覚だとわけのわからない気分になるね…
06976952014/03/12(水) 18:25:16.87ID:b0sVy+Hi0
>>696
長い上にわかりにくいのを読んでくれてありがとう。
もう当事者が亡くなってかなり経つので
こういう事もあったんだ、という事をどこかにこそっと書き残しておこうと……
夜這で生まれた人は戦死でお骨も無かったためか、家の中の感情的なもののせいか、
いつまでもお墓も無くて気の毒でした。でも供養碑が出来てからは、その人の親である
母の叔母が、お盆のたびに本家であるうちの母の家のお墓の墓参りに
必ず一緒に来て、とても念入りに拝んでいたのをよく覚えてます。
0701本当にあった怖い名無し2014/03/16(日) 11:48:53.92ID:MfIluoJF0
ちょっとすれちかもしれないがここにしか書くとこなさそうな話なので。上にあるおじろくおばさと少し似ている。昔ではなく現代だが。
聖書配布協力会って知っているかな?田舎のほうにいくと「死後さばきにあう」とか「キリストの血は罪を清める」とかおどろおどろしい黒看板。
あれをキリスト看板として取りあげるサイトもある。
または渋谷や銀座で拡声器のついたプレートを持って立っている連中を見たことがあるだろうか?。
「キリストは世の終わりに再臨し、あなたがたをさばきます・・・」と気味の悪い説法を大音量で流しているの。
あの人たちは現代のおじろくおばさらしい。もともとは昭和二十年代にエヴァンジェリカル(プロテスタントの新興宗教)の米兵だった
ブローマンが孤児を引き取って宮城県丸森町で生活をスタートしたことから始まる。この集団はどんどん孤児を引き取って大量の子供を育てた。
しかしエヴァンジェリカルとあって反知性主義が特徴で、代表のブローマンは「聖書一冊あれば子供の教育は十分にできる」が信条だった。
ここはキリスト教のヤマギシみたいなものでコミューン的な雰囲気もある。
育った子供たちはこの団体の関連会社グレープシティで働かされる。団体の方針に嫌気がさして出た人もかなりの数にのぼる。
子供のころからのブローマンの殴打がひどくて今も体にあざが残っている人もいる。
ここを出て初めて「労働をすれば報酬が対価として与えられる」ということを知った人もいるというから搾取も激しいようだ。
彼らは何も知らないし、大半の人は団体を出て生活するほどのエネルギーもないので、グレープシティでの搾取や
街中で拡声器を持って一日中立ちんぼをするか、全国を車で回ってキリスト看板をはっていく活動くらいしかすることがない。
外の世界を知らないし、知りたいとも思ったことがない人がほとんどというから、彼らこそ現代のおじろくおばさだと思った。

![土着信仰や風習に関する怖い話貼ってけ。[下]](https://kotatsu874.jp/wp-content/uploads/2025/11/28798988_m-2.jpg)