2ch初心者です、すいません_|\◯_
故に色々至らない点もあると思うのですが、宜しくお願いします。語りたい事は、スレタイ(?)の通りです!
皆さんの地域で不思議な言い伝えや禁忌があったら教えてください。
因みにオレの地方…某県のド田舎で、一番近い友達の家に行くまで最低でも山一つ越える程度の田舎では、こんな言い伝えがあります。オレ自身が意味分かってないモノとかもあります。
一般的なモノですが…。
・夜、爪を切ってはいけない。(普通に切ってるけど。)
・夜、口笛を吹いてはいけない。吹くと蛇が来るそう。(来ないけど←)
・夜、新品の靴をおろしてはいけない。おろすのは午前中で、夜どうしてもおろさねばならない場合は靴の裏を墨などで汚してからおろす。
・葬式の時は、女性は耳に白いガーゼを付けねばならない。何かに連れ去られない様にする為だとか。何かってなんだよ!でも、女性全員が付けるという訳では無い。
・墓に骨を納めに行く時は、左に3回回ってから行く。これは、人は産まれる時右に3回回って、死ぬ時は左に3回回るという考えから。オレの地域以外でもあると思う。
・妻が死んだ時、その夫は火葬に行ってはならない。妻に連れ去られてしまうそう。
他にも色々あった気がしますけど…取り敢えず思い出せたのがこれしか無いです。
また思い出し次第書かせていただきます。
皆さんの処では何かありませんか?
婚礼は夕方から深夜にかけて(丁寧な家では夜が明けるまで)新郎宅で行われた。
花嫁は時代により、馬や人力車、タクシーなどで新郎宅をおとづれるが、その折、
必ず門口で交差した2本のたいまつをまたいで家に入る。
たいまつはあらかじめ半ば消してあるが、これは女が台所を差配し火をあずかる
ためだと言われている。
またぐのは支配の意を表すのだという。
7軒の家を廻り、七草粥を頂きお祝いをし、神社に詣でて今後の健康と成長を願うお祭です。 7軒の家を廻るので「ななっとこい」とも呼ばれます。
東京都でも同じことをするよ。
「鬼~の歯と換えとくれ~」
と唱えながら、下の歯は屋根に、上の歯は縁の下に投げ入れる。
天目山のある村で、そこでは近年まで火葬場がなく土葬だった。
現在では廃れてしまっているだろうが、当時は墓には必ず、傘と鎌を差しておいた。
傘は雨が降っても仏様が濡れぬよう、鎌は山犬(狼)が死体を食うために
掘り返さないようの用心だった。土葬の墓に傘と鎌が挿してあるさまは、土地の人々の死者への思いをあらわして風情ある
ものだった。
傘は昔は「番傘」だったろうから、番傘が朽ちるころには仏様もいいぐあいに
骨になったろうから、そのための目安でもあったかも知れない。
落ち武者狩りに遭うからな
三ツ口が産まれる
子供の頃、実家で祖母が寝転んでいたのを避けて通ろうとしたら「跨いで行きなさい。男の子だろ」と
男尊女卑の気風の強い郷土ゆえか
あそこは外では旦那を立てるけど、家では強烈なカカァ天下の
お土地柄だぞ。
長い旅の果てに海辺の聖地をみつけることができました。
しかし聖地には龍の神が住んでいました
仙芳仙人は龍の神に、この袈裟を投げて飛んだ範囲の
土地をわけてほしいといいました。龍の神は聞き入れてくれました。
仙芳仙人が袈裟を投げると遠く遠くへ袈裟が飛んでゆき
海は見る見る大地へとかわりました。
龍の神はこれでは私の住む場所がなくなってしまうと嘆きます
仙芳仙人は龍の神の為に池を作りました。
現在、池の名前は龍池弁才天といい付近地域は仙波と呼ばれるようになりました
遠く遠くへ飛んだ袈裟は海を大地に変え
東京、神奈川、静岡、千葉と呼ばれる土地が生まれましたとさ
うどん県出身の者だけど、うちもそう言っていた
母が私を妊娠中に火事を見たらしいんだけど確かに背中にあざがあるよ
統計取ってみたい
取れないだろうけどwあと、あざとは関係なく枕を踏むのを禁止されてた
どうしてだかはわからないけど未だに守ってる
ただ単に行儀がよくないからってことなのかもしれないけどね
>あと、あざとは関係なく枕を踏むのを禁止されてたうどん県の隣県だが、これ同じ、今でも
これだけじゃなんなのでさっき思い出した言い伝えを。
ムカデはツガイ。
旦那と嫁さんね。
1匹いたら絶対にもう1匹いるから、出たら家中探してた。
小さい頃の記憶なのでそのもう1匹が見つかったかどうかは覚えてない。
ID変わってるけど>>50です。
でかいムカデ殺したあとにばあちゃんが
「片割れが仕返しに来るから気を付けろ」って言っても
そんなばかなと信じてなかったんだけど
そのあと数日以内に本当に出るって経験をしたことが
一度や二度じゃないので、仕返しはともかく2匹セットなのは信じるようになった。
雄雌なのかどうかはわからないけど。
九州出身だけど、赤アザも禁枕踏みも子供の頃よく聞いた話
それでも残ったものは歴史として語り継がれ、今では呆れるほど大きい。経験則だ。そんなね。
九州のどこかの炭鉱で働く人たちのタブーでご飯に味噌汁をかけてはいけないことになってた
それを知らない新入りがうっかりやってしまって古株の人たちにボコボコに殴られてしまったとか
初めて知った話
理由が知りたくなるね…
飯に汁をかけると飯が崩れる。これは土砂崩れを連想させる。
このため、多くの土木工事現場では汁かけ飯はタブーとなっている。汁に飯を入れるのはOK
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/shrine/79275.html
雷鳴に驚いたスサノオノミコトが、慌ててキュウリ棚に逃げ込んだところ、
棚の柱が片方の目に刺さって失明し、キュウリ嫌いになったという越前出身の継体天皇と関係あるのだろうか
「作物禁忌」で検索すると、日本中にあるな。
おそらく、江戸時代、こういう風習を持っているとカッコイーとする風潮があって、
それで全国的に広がったんだろうな。
むしろ信長の織田家との関係かもね。織田氏のルーツは越前織田の劔神社の神職で、神社の紋も織田の家紋も木瓜。神社の祭神はスサノオ。
スケートの織田信成は信長の子孫を自称していて、「キュウリの切り口は木瓜紋にそっくりだからキュウリは
食べない決まり」とか言ってなかったっけね。
同様にお馬さんもいません。(4~5世紀(応神天皇の)頃に伝来)
キュウリがそのころあったのかと思ったが、やはりなかったんだ、
キュウリ棚など作るのは近世以降だろうし。
別の植物だったんでしょうね。胡瓜は胡からですか、なるほど。ウリと同じだ。
「胡」という文字が付いた物は大概そうですね
藩主が神社にあったこの石を江戸に持ち帰ったら妻が病気になり、藩主の夢に「もとの神社に戻してくれ」と石が出てきた。後日石をもとの神社に戻したら妻の病気はすっかり良くなったとさ俺は松茸=男根=道祖神だろうと推測している
新潟の某縄文遺跡にも館長の遊び心か竪穴住居と共に男根石(レプリカ)がいっぱいある
そこは周りの森のせいか昼間でも遺跡と現代空間が隔離されており、
夜ともなると街灯が殆どないのでタイムスリップしたかの様な別世界になる
甲州地方の葬式で、死者の足に馬の沓(ワラジ)を履かせる場合があったという。何故だろうか?
ご存知の方教えて下され。
…九州北部出身
玉金の砂払い、だよ
雪国出身の母親の地元の因習?みたいなもの。もし同じような習わしを知ってる人がいたら理由を教えてほしいのですが…
新雪が積もると、子供ってそこにバタッと倒れこんで人型を作って遊んだりしますよね。
そうやって人型を作った後、その場を去る前に必ず頭の部分を足で踏み抜いて崩していかないといけなかったそう。
母に理由を聞いてもどうしても思い出せないとのこと。でも必ずやっていたそうです。
人型から悪いものが生まれると信じられていたとか…?謎です。244 名前:本当にあった怖い名無し@転載は禁止 [sage] :2015/11/23(月) 09:53:21.61 ID:lRj28Qc20
「雪に人型 迷信」でググると、
雪の残った人型をカラスがつついたりすると死んでしまうから均せと云われたって話が出てた。
劔神社から分祀されたものかもしれない。だとしたらこの神社も神紋は木瓜で、
織田信成の家のようにキュウリの切り口をタブー視してるってことなのかもね。栽培がダメで食べるのはいいというのも不思議な話だけど。長い歴史で
タブーがすり替わっちゃったかな。
木瓜は牛頭天王の紋
全国の八坂神社のほとんどはかつて牛頭天王 今はスサノウを祀ってる
織田家を持ち出すまでもない
キュウリを食べないとかの禁忌は牛頭天王を鎮守とする土地で結構あるよ
俺の地元の近く(大阪和歌山県境付近)でも昭和の始め頃まではキュウリを絶対に食べなかったと聞く
要するに古来、三角おにぎりは死人のオツムの三角ハチマキを連想するとして葬儀、法事以外では強いタブーですから。
因みに、関西はおにぎりは俵結び、又は団子結び。
大阪のシノブフーズが「引っ張るだけのおにぎりQ」として商品化したもの。
それを横暴とか屈辱とか、噴飯物だな。
神が片目を傷つけたから○○が生えないとか作らないとか食べないとかって話が日本中にあるよね
何故片目なんだろう
谷川健一の金属精錬との関わり説はなるほどと思う点もあるけど本当に全部がそうなんだろうか
単に両目を一度に失明する確率が低いだけじゃね。
薬物とかを頭からかぶったとかなら別だけど、単なる外傷だからね。
書き方が悪かった
なぜ目なのかってこと
指がもげたとか耳がそげたとかでもいいわけじゃん
あまりにうざいから、それを信じない同級生たちと、わざわざ柳の下座談会をやってやったw
もう知らないお前たち死ぬぞって言われたが、そりゃいつかはねえ…
格下に自分の階層を守るノウハウを盗まれることを防ぐゲン担ぎ。下を小馬鹿にする言葉が
むしろ下に知恵をつけることになる。社会主義の蔓延でお国が傾いてる今では、ほとんど意味のないゲン担ぎなのかもね。
信じない同級生が小作人上がりの家ばかりだったとしたら、もしかしたら。
首のない桶屋が来てトントン叩き始める
もし呼んでしまったら玄関を塞いで使えなくする
桶屋さんは表で待っているので家人は勝手口から出入りすれば捕まらずに済む
家で誰か亡くなるまで玄関は塞いだままにする
出入りしている家を見かけるが、そういう理由があったのか(愛知県)
大阪市城東区の鴫野には、昔おなおさんという狐がいた
これが神様的なものなのか実在の狐だったかは知らないが、
人々はそれぞれ「おなおさんはどこそこにいた」「おなおさんはどこどこの橋にいた」
と、自分達の住んでいるところにおなおさんがいたと主張し合っていた模様
姿の美しく心の優しい狐で、町のアイドルだったらしい
七匹の子がいたとも
たぶん現在は全く語られてないこの話
もしかしておなおさんは「お七尾さん」だったのかな
七匹の子がいるし
生きてる動物じゃなくて、神様だったのかも
門や玄関脇に立てる地域がある。千葉県
立てる場所は、T字路か三叉路が多い気がする。
当時の領主 獅子谷七郎が、雉の羽で出来た矢で撃たれた傷が元で亡くなった
その際、七郎が「雉さえいなければ負けなかったものを」と雉を呪ったため以後島に雉は飛んで来ず、
また島民は雉を食べるとお腹を壊すようなったそうです
>また島民は雉を食べるとお腹を壊すようなったそうです
島民は雉を食べると死ぬと伝えられていますちなみに平成になってから雉を食べた男性がいますが、お腹を壊したそうです
他所から嫁に来た人はセーフ。その子供はアウト
他所に嫁に行った人はアウト。その子供はセーフと言われています
嫁に行った者の子ですが、念のため雉は食べたことはありません。
爺ちゃんが
夜に口笛吹いたら
よごえはっちょうがくるゾ
って言ってたな
よごえはっちょうって何だよって
ガキの頃はビビってたw
泥棒の合図が口笛だったって聞いたことあるよ
昭和になってから全国的に普及し、平成には廃れた民俗みたいだな。
普及したのは江戸時代だぞ
爪切りはないとしてはさみは普及していたんだろうか
まさか包丁や鎌で?
うち石川だけど
夜に爪を切ると、親の死に目に会えないとか言うなまあ、昔は夜は暗かったから、切ると危ないよってことなのかもね、と自分や友人は言ってた
普通に今は電気で明るいから、夜に爪は普通に切るよ
夜に爪を切ると爪が遠くに飛んでもわかりづらい、その爪が他人の手に渡ると呪殺する時の媒体になるから…。
と、マンガ初めて物語で見た記憶がある。
でかいお餅を背負わせて歩かせるってのやってたお餅が重いからほとんどの子は泣いちゃうんだ
この風習の理由も聞いた気がするけど、最後に見たのは10年以上前だからよく覚えてない
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岩手だが今でも普通にやってる。
一歳になったら一升餅を背負わせて歩かせるの。
大抵の子供は転んでしまうんだが、まれに走り出す力の強い子供がいる。
その場合はワザと転ばすの。そうしないと家を出て行ってしまうという言い伝えあり。
夏のお産は苦しいかららしいが、昔は夏にお産した後は若くして死ぬ場合が
多かった。
○夜に口笛を吹くと蛇が来る
○(ドラえもんみたいに)押し入れで寝たらムカデが来る
○朝蜘蛛は殺してはいけない
○ご飯粒を残すと目がつぶれる
○夜の山や川と海に行ってはいけない
○海に泳ぎにいくのは10時過ぎてから3時まで
○墓参りは十五時以降行かない
こうみてみると、大体ただの躾?だねw小さい頃は怖がってたのにな~
そう 危険な事を戒める為の分り易い躾だと思う
蛇巻岩っていうのは、村にある蛇がトグロを巻いたような紋章がある岩でな 。
それに夜に座ったら、大蛇に喰われるっていう話を婆ちゃんから聞いた事がある。
地鎮祭で出向く時まあ地域性でやり方が所々違うみたいなんだけどなかでも
鎮物がいろいろある
四隅に水晶を埋めるとか
女の髪の毛を人柱として埋めるとか
他所の営業さんや施主さんがくるとその話を聞かせていただく
福井県三方郡では「ツチマツリ」があります。
土地を塩で清め、東西南北に幣(ぬさ)を立てて拝みます。大地の神は女性が多い。欧州のディアナ、インドのカリー、エジプトのイシス、
地母神は子孫繁栄の象徴でもあるから女神が多いとか
兵庫出身者が妊婦にあなたは行ってはいけないと言っていた
よくないって聞いた事あるよ
朝出掛ける前、つまり労働するということはケガレ=毛枯れ、さらに出掛けるつまり境界の外に出るケガレですから、様々なケガレを持ち込まないためでしょう
昔の城とかの詰め切り番(詰番)からきてる
城や砦の見張りの仕事は勤務中は例え親が死んでも離れる事は出来なかったため
他の言い伝えにも言えることだけど
鎌、包丁、どちらかがなければ爪は切れない
刀でもできるか
ハサミの普及はかなり後でしょう
『その日は髪を洗って(濡らして)はいけない』
・くまの日が~、とか、くまの方角が~とか今は亡き祖母が言っていた気がする
・元々は漁師の言い伝えか何からしい
・祖母自身、親から伝え聞いたものの、詳しい謂れは知らないらしい
・俺が小学生くらいの時、1月3日の夜風呂に入る前祖母に「今日は絶対に髪の毛洗ったらダメだよ」と言われたのにも関わらず、いつもの流れでうっかり洗ってしまった。
・祖母は慌て、仏壇の前に連れていかれ、祖母は「どうか許してやってください」と言った後念仏を唱えてた。
・その後体調を崩したり、怪我をしたりというオカルト的なお約束は特になし
推測だけど、漁師の中での言い伝えという点と、髪の毛を濡らしてはいけないって点から土左衛門関係の言い伝えなのかなと思う。
正月1月1.2.3の間は同じ箸を洗わず、3日の夜に捨てる
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1422780869私の家では正月に使うお箸を洗わず使用します
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1413352069
山口県
関係あるのか知らん?
海で亡くなった人から足を引っ張られる
それと蝉やトンボを捕まえてはいけない
期間中は死者の使いの役割りがあるらしい
盆の水泳に関して同様な事を聞いたことあるな
…こちらはトンボやセミというより生き物を云々だった
クラゲだろ
お盆過ぎたらクラゲが多発するから海に入るな、と
お盆にご先祖様が帰ってくる、が混ざっただけだと思うよ
なので葬儀場に爪切りが置いてあります
寂しくないようにみたいな話を聞きました
あと火葬場に行く時に親族は車の運転をしてはいけません
引っ張られると聞いています
理由は祖母が若い頃、兄貴が外に女を作って子供を産ませた
育てられないので祖母が引き取ったが、僅か二歳で風邪か何かで亡くなった
その時何とか病魔を追い払おうと思い立ったのか破魔矢を買って飾ったが効果を成さなかっただから我が家では破魔矢を買わない事とした
起因なんてこんなもの
個人の感情だよ
「ひとにタバコの火をつけてもらうと出世できない」
すごい出世頭と呼ばれるひとほどご自分でおつけになりますね
知れば恐ろしい 日本人の風習 「夜に口笛を吹いてはならない」の本当の理由とはーー (河出文庫) [ 千葉 公慈 ] 価格:726円 |
下向いた老若男女が後ろ一列に畦道に並んでた。怖くて走って帰った。
今も有休をとっている
東北地方にある俺の実家では男を跡取りにしてはいけない掟がある。
大昔から神卸の巫女をしていたとは聞いたが家が全焼し代々伝わった祭具も燃えたし、口伝で行われた祭祀の方法もずっと前に途絶えている。
祖母の代で子供が生まれず親戚にも女子が無く仕方なく男の子を養子に迎えた事があったが
7歳の時に雷に打たれて亡くなられたそうだ。
その後、不思議な事に祖母は3人の女子に恵まれた。
ケツ拭きは新聞紙 ハエや蚊、大きいムカデや得体のしれない虫等が這いまわってた。
織田氏や八坂神社で有名な木瓜紋
【木瓜】はウリを図案にしたもの
現代でいう【胡瓜】と混同されてるのは
読みが同じだからなのか他に理由があるのか
祇園祭の最中はキュウリを食べないらしいけど
本来だったらウリなはず…?ちょっとwiki見てみたら
木瓜紋には子孫繁栄を祈る意味合いがあるらしい
なんだか不思議な謎が隠されていそう
蛇に噛まれるからな
足を汚さないためにな
ドラム缶の五右衛門風呂に入る際、火傷防止に下駄を履いてってのを連想した。
これなんですかー?ってきいたら戸締りを忘れないようにするためらしい
そんな風習ってある?
そう思ってその場でコンパス見たけど艮ではなかったはずもともと養蚕やってた場所みたい
デジカメで撮ったはずなんだけど
聞いたことないな
入らなかったので理由は不明。
便所の戸に「音入」は見たことある
馬・囲炉裏・土間・五右衛門風呂・外便所・納屋・隠居部屋・蚕部屋・土蔵・放鶏
そして方言。旧武家の人には名前の下に「ハン」を付けて呼ぶ習わしだった。
ハンガリーのなまはげは新しすぎて参考にならないが、
シベリアに似たものは残っていないのだろうか
なまはげってそういう謂れがあるの?
秋田だもんな東北の喋りだとそんな感じか
風習は文化として生き残って行くものも少なくないかもしれない
盛岡藩はカッパの目撃談やカッパの姿形の絵をまとめた「水虎之図」という巻物を持っていて、今でももりおか歴史文化館が所蔵している。盛岡藩南部家は元々八戸と糠部郡(ぬかのぶのこおり)周辺の領主
で、カッパ云々はその地方で熱いネタだったので、盛岡と遠野を貰ったときに一緒に持ってきただけで、遠野市は全く関係ない
青森県八戸市も本家を宣言している
東京・伊豆大島の小さな集落に伝わる日忌様(ひいみさま)伝説。毎年1月24日の夜、人々は海から来る不思議な霊の災いを避けるため日没から夜明けまで家にこもり続ける

