0281本当にあった怖い名無し2013/02/23(土) 16:27:11.99ID:zoSRsWsq0子供の頃に住んでた地方に伝わる土用坊主の話
土用は年4回あって、この土用の入りから節分(新暦2月の豆撒きが有名だがこれも年4回)までの約18日間は
草むしりや庭木の植え替えその他、土いじりをすることは忌まれていた
この風習は中国由来の陰陽五行説からきたようだが、この期間に禁を破って土いじりをすると
土用坊主という妖怪というか土精のようなものが出てきて災いを為すと言い伝えられてた
土用坊主の姿はあいまいで、土が固まって人型になったものという目撃談が多いようだ
ただ別伝承の中には土の人型がだんだんに崩れて
その人の一番嫌いなもの、見たくないものに姿を変えるという話もある
出身地の旧村はほとんどの家が農家だったので、実際には土用の間すべて土いじりしないのは無理がある
だからそこいらでは立春前の土用は慎まれていたけれど、それ以外の期間は土にさわっても問題なしとしていた
春の期間もおそらく田畑関係のことは除かれていたのかもしれない
このあたりは他の地域の伝えと少し違うかもしれないが
昔からの風習が廃れかかっていた頃のことなのだろう
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0282本当にあった怖い名無し2013/02/23(土) 16:27:52.59ID:zoSRsWsq0ある中程度の自作が庭の木の下に金を入れた壷を埋めていた
この百姓はじつに吝嗇で、嫁をもらったものの婢のようにこき使って早くに死なせたし
実の両親に対しても年寄って弱ってくるとろくに飯も与えず一部屋に閉じ込めきりにして
やはりぱたぱたと死なせていたという
また小作や使用人への当たりもたいそう非道いものだったらしい
そうして溜め込んだ、百姓にはそれほど必要のない金銀を夜中にこっそり壷から取り出しては
暗い灯火の下で数えるのが唯一の生き甲斐だった
まだ冬のさなかのある夜、この百姓が夢を見た
どこか遠くのほうから土の中を掘り進んで百姓の家にやってくるものがある
人ほどの大きさもあるミミズで頭に人の顔がついているようだが
夢の中のせいか霧がかかったようにはっきりしない
その化け物が生け垣の下から庭に入り込んできて壷のある場所にいき
壷を割って中の大切な金銀をむさぼるように食べている
そしてすべて食べ終わると、ぐるんぐるんと土の中で輪をかいて踊るという夢だ
0283本当にあった怖い名無し2013/02/23(土) 16:28:26.98ID:zoSRsWsq0この百姓にとってこれほど怖ろしいことはない
たんなる夢とは片づけられないじつに気がかりな内容だった
そこで次の日の夜中に、土用にもかかわらず壷を掘り出してみることにした
龕灯と鍬を持って庭に下り掘り返すと
壷は割れた様子もなくもとのままで、口にした封にも変わった様子はない
やれうれしや、と壷を手に取ると壷の下に幼い女の子の顔があった
その顔は両目からたらたらと涙を流していて、一気に百姓の肩あたりにまでのびあがった
夢で見たとおりの土まみれのミミズの体をしていた
目の前で涙を流している顔を見て百姓はあっと思った
それはずいぶん昔に人買いに渡した自分の娘の顔だった
こういうのが土用坊主らしい
0285本当にあった怖い名無し2013/02/23(土) 19:52:24.88ID:LAtUjCOD0>>281
面白い話だねー
よかったら県名教えて(無理なら地域だけでも)
0286本当にあった怖い名無し2013/02/23(土) 22:08:00.75ID:zoSRsWsq0>>285
神奈川県だよ
0290本当にあった怖い名無し2013/02/25(月) 19:19:33.86ID:xsrWeYUs0>>289
釣りだろうけど、すげえ創作力だな
ここまで完成度が高かったら読み物として許せるわw
0291本当にあった怖い名無し2013/02/25(月) 21:55:16.56ID:nBJCOxgG0>>289
このテの話、性に関する風土記にいくつかある。
しかし、本人は性奴隷という意識が全くなく、普通のことだと受け止めて
いるがゆえに表に出にくいそうだ。性問題の中でも、風習となると家庭内で
あるのが当然なので、その当然が異常だと気付かないために学術的にも
調べるのが困難だそう。祖父と孫という関係もアリで、これは近親相姦問題に
取り組む人たちの中では頭の痛い問題だと昔にNHKでもやっていた。
これ、あながち嘘ではないかも。
0287本当にあった怖い名無し2013/02/24(日) 01:36:33.72ID:iXWQfP2b0>>283
おやまぁwikiがあったとは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E7%94%A8%E5%9D%8A%E4%B8%BB
0293本当にあった怖い名無し2013/02/26(火) 00:15:43.72ID:KGcrypfv0今続き読んで来たけど投稿者は実は長女で
内容は若干事実、大部分は妄想だったみたいだな
すごい才能だよ、小説家になればいいwww
0299本当にあった怖い名無し2013/02/27(水) 19:32:17.17ID:boGWc0BY0うちの母方の実家が檀家になってるお寺の話。
このお寺はそれほど大きくもないし有名でもないんだけど、
母が住んでた村の住民は三分の二以上がそのお寺の檀家になっていた。
残りの三分の一は被差別集落の人たちで、その人たちのための別の寺があったようだ。
ただ太平洋戦争後は過疎化が進んで、集落の人はほとんどちりじりにどこかに行ってしまい、
そっちのお寺はもうなくなっているらしい。
その実家のお寺には入ってはいけない場所、禁域がある。
子供の頃、母の里帰りについていったときに見て話を聞いた。
そこは寺の本堂の裏側を数百mほどいった、ちょっとした崖になっている下の方で、
上から見下ろすと何ということもなく熊笹の茂みが広がっており、大きな石を掘った祠があるだけ。
崖の上は木の柵で降りられないようになってて、柵の内側に四つ大きくて立派な墓がある。
この四つの墓はそのお寺の昔の歴代住職のもので、
崖下から忌みものが村に戻っていかないように守っているんだそうだ。 0300本当にあった怖い名無し2013/02/27(水) 19:32:49.48ID:boGWc0BY0江戸時代に村外から広まってきた流行り病でばたばたと人が亡くなり、
あまりに数が多いのと屍体から感染することを怖れたために、
疫病で亡くなった人は家族が大八車にのせてこの崖まで運んできてそのまま下に転げ落としたという。
上から木っ端と松明を投げ落としたものの湿気のせいかあまり燃えず、
夏の時分でもあり半焼け半腐りの屍体が積み重なってひどい臭いだったようだ。
その後ある程度疫病がおさまってから残った村人で法要を開き、
高価な油を使って屍体を焼き、その上に祠を掘った丸石を転がし落とした跡なのだそうだ。
また、そのときにまだ健在だった実家の祖母から「疫馬」の話も聞いた。
これは祖母が子供の頃まで旧暦の8月25日に村で行われていた行事で、
回り当番の衆以外には、だれも見てはならないものだった。
ただし今にもそのやり方は伝わっていて、
村史などには書かれていないが、まだ覚えている年寄りが何人かいる。
夕方から夜にかけて村の大通りを男数人が担いだ皮をはいだ太い丸太が村外れの山道のほうに向かってゆく。
祭りのようなにぎやかなかけ声もなく男たちは無言だ。
丸太には裸の男の子供をかたどった紙貼人形がまたがる形で乗せられている。
裸の体はところどころ斑点のように赤く塗られていて、これは疫病にかかった人の姿を表している。
村の家々では固く戸を閉ざしてこれが通るのを見てはならない。
0301本当にあった怖い名無し2013/02/27(水) 19:33:21.08ID:boGWc0BY0
そして村の境界まで来ると「疫神様出て行ってくれ、本物の馬に乗っていってくれ」
というような内容のことを皆で唱え、その人形を山道のほうに放り出す。
そのあと丸太を担いだ男たちは川に入って身を清め、丸太を氏神の神社に奉納する。
これは人形を用いているが、
疫病が流行っていた当時はまだ息がある子供の病人を丸太に乗せていったのだそうだ。
これは神社の神官の主導で行われたらしいが、お寺と神社の役割の違いのようなものが伺えて興味深い。
0302本当にあった怖い名無し2013/03/06(水) 19:02:05.61ID:bnZyDFfE0笹の茂みってのがガチっぽい。
本当にやばいのには笹植えて
一般人が近づかないよう踏み入らないようにすると
実家が神社のものに聞いたことがある。
0303本当にあった怖い名無し2013/03/07(木) 13:11:13.00ID:ywKJncmPO海の近くに住む処の風習で、この日は海から何かが(←肝心なとこを忘れたスマン)あがってくるから絶対に外に出てはいけないってのがあったな。
確か玄関に何か独特なものを出してたような‥
誰か知ってたら教えてください
0305本当にあった怖い名無し2013/03/08(金) 15:31:55.23ID:T17yhLdL0>>303
軒先に吊るすのは編んだ籠だった気がする。
来たら籠目(六芒星)で封じるぞ、って意味かな。
0310本当にあった怖い名無し2013/03/13(水) 21:28:12.57ID:SUjaeBNr0>>303
御事始めという2月8日と、12月8日に目籠を竿の
先にかぶせて、軒や戸に吊るしたり立てかけてたそうだよ。
この日は鬼、魔、邪が来るからそれを撃退するためだそうな。
目籠の目は、まさに「目」で、魔物は目を恐れるんだそうだ。
地方によっては、メザシを3つとか、目を模したものを3つとか。
3という数字は、呪術ではとても貴重な数字だからね。
江戸時代の喜田川の風俗史によると、目が五芒星としてのセーマン(清明九字)の
形をしているからで、茶漉しなどのドーマン(九字)型になっているものと
一緒に吊るしてたそうだ。
0337本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 17:50:37.60ID:OT6V4FFz0海専門の民俗学教授から聞いた話なんだけど。
海難法師だとか海の向こうから流れてくるモノを忌み畏れる風習っていうのは農耕民族的な考え方で、
本来は漁民から発した価値観ではないらしい。
むしろ漁民は古来、漂流して来るモノはすべて海神からの授かり物として歓迎するのが一般的だった。
たとえばそれが水死体であっても。
ナガレボトケといって、漁中に漂流死体を見つけると漁師は作法にしたがって船に引き揚げて陸地へ持ち帰り、
手厚く葬ると大漁をもたらしてくれるので、これに出会うととても喜んだという。
0338本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 17:52:58.67ID:OT6V4FFz0中にはナガレボトケを拾った事を他の漁民に言わず秘密裏に弔って、漁獲を独り占めにしようとする者もいた。
陸に流れ着いた死体をエビス様(漁業の神様で有名)と呼ぶ地域もある。
漂流死体はヒトとしての形状が崩れてて、死体の中でも特に醜い姿をしているので御霊として強大な霊力を持っているんだそう。
他にも、死者の身に着けていた物を船に持ち込むと大漁になるとか、船霊のご神体であるサイコロを人が首を吊った木から作ると良いだとか、
他人の死をお恵みだといって喜ぶ文化が各地の漁村に点々と残ってる。
0339本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 17:55:30.09ID:OT6V4FFz0農耕民族がもつ集団社会的な性格が根付いてる今の日本人からすると、
「他人の死を喜ぶって自分さえ良けりゃいいのかよ」ってちょっと利己的に映るけど、
稲作技術が入ってくる前の古代日本人(海人族とか)の間では、こういう考え方のが主流だったんじゃないかって思ったり。
個人的に面白かったので書いてみたけど、これも一応怖い話?
0340本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 18:42:08.30ID:djH6Vfxw0
>>337-339
興味深い話をありがとう。
参考文献等あったら教えろ下さい。
0342本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 20:29:55.24ID:OT6V4FFz0
>>340
『民俗学を学ぶ人のために』鳥越晧之編
これがその講義のテキストで、その教授が書いた項が載ってる
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0356本当にあった怖い名無し
2013/04/11(木) 13:17:48.56ID:8XPc78Al0
豊漁願ってエビス様に魚の血塗ったくったり
神社でおまんまん晒したり
誰かが始めた奇行が習慣化されて文化になるって
すげぇわw
良書すすめてくれてありがと。面白かったよ。
0357本当にあった怖い名無し
2013/04/13(土) 14:05:01.70ID:5hBTklju0
うお読むの早いな!ドーモドーモ。
旦那の安全と大漁を願って、神様に陰部見せるとか面白いよな。
神様ストリップショーに出入りしてるスケベ爺扱いかよ、って思ったww
0344本当にあった怖い名無し2013/04/06(土) 20:41:12.63ID:OT6V4FFz0
>>341
黒不浄が不浄にもかかわらず好まれる文化って不思議だおね
日本列島の地理上、異国の船が泊まるような場所はごく限られてるけど、
疫病の恐怖以上に輸送船がもたらしてくれる恵みは大きかったからどうだろうね。
九州や日本海沿い特有の漁民文化、俺も興味ある
0345本当にあった怖い名無し
クジラが寄れば(漂着すれば)七浦うるおうというな
0346本当にあった怖い名無し2013/04/07(日) 00:49:49.94ID:GYT2waDF0
>>345
陸地に乗り上げてしまったクジラのこともエビスというらしいね。
その海にクジラが寄るという事はエサになるプランクトンが豊富だという事も示していて、
近辺の海は決まって大漁になる。
更にはクジラ自身も漁民にとって貴重な栄養源になる。
つまりは、一石二鳥の願ってもない漁業の神様だったわけだね。
0347本当にあった怖い名無し2013/04/07(日) 10:51:30.80ID:t+nRagJJ0
>>339
うちも漁村だが、死体が出ると漁師は縁起がいいって言うよ
不謹慎だが死体がエサに・・・という意味だと解釈してた
流れ仏という呼称も昔は普通に使ってたなあ
興味深い話だった、ありがとう
0348本当にあった怖い名無し2013/04/07(日) 11:25:15.26ID:9xwvmhg+T
平成に入ってからの話だけど
漁の途中で網にドクロがかかって
驚いた漁師が反射的にドクロを海に投げ捨ててしまい
そのあといろんな災難に遭ったという話を聞いたことがある
漁師は酷く悔やんで何度もドクロを探しに行ったが
二度と網にかからなかったそうだ
0384本当にあった怖い名無し
うろ覚えだけど「くがたち」っていうのが古代にあったって聞いたことがある。
罪を犯した疑いのある者の手を煮えたぎった湯の中に入れて、
無実であれば火傷しない、罪があれば火傷をするっていう判定法だって。
昔を責めたり見下したりする気はないけど、
これ当時の人は無茶だと思わなかったのかな?
もしも当時の人が「そりゃ無茶だろ」っていう話を聞いたとして、
「言われてみれば変だな」とか「まあ、言いたいことはわかるけどね」
っていう感性はあったんだろうか?
現代人が持っている何かの感覚に置き換えられるんだろうか?
0386本当にあった怖い名無し2013/06/03(月) 17:10:35.01ID:l9mZPsiw0
>>384
盟神探湯(くがたち)ってのは高確率で火傷しない方法ってのが、
火渡りなんかと同じで、確立されてる
それを利用して、審判する側の望む判定を出したり、神秘性を
高める手段として用いられたのが主
もちろん、そういう事実はある程度、一般の民衆にも知られていて
どちらにとってもお約束的な「儀式」として行われていたので、
無茶とも変だとも思われていなかった
もちろん審判する側の都合で導かれた判定を押し付けられる側
からすると「ふざけんな」「理不尽だろ」っていう意識はあっただろう
けど、だからといって反抗する手段があるわけでもないので諦める
場合が大半
0388本当にあった怖い名無し2013/06/07(金) 04:02:03.83ID:eZy6jX660
覚悟を決めてゆっくり熱湯に手を入れると、空気の層が手を覆ってかえってダメージが少ないんじゃなかったっけ
0401本当にあった怖い名無し2013/07/15(月) NY:AN:NY.ANID:0zPZzsmW0
俺の生まれて中2まで住んでいた土地の風習の話
そこは京都に比較的近い場所にある山あいの村(現在は市の一部)だけど
裏山には謀反の疑いをかけられて逃げてきた皇子が隠れ住んでいたという言い伝えがあり
実際に600mくらいの山の中腹には岩屋というか室のようなものが残っている
ひさしのような大きな岩が張りだしていて、中は頭をかがめないと入れないくらい
入り口がすぼまっていて奥行きは7~8mくらいかな
村では俺が小さい頃までは月当番を決めて
奥にある神棚に火を入れたりお供えをしたりすることをやっていた
この皇子というのが伝承ではかなり古い奈良時代以前の人らしい
その村はほとんど農家ばかりだけど、昔からの風習として子供が生まれると名前を二つつけていた
子供が病魔なんかに取られないように、捨とか棄丸とかつけて後に変えるという話は聞いたことがあるけど
そういうのとも違ってはじめから名前が二つあるんだ
子供は3歳くらいになると普段呼ばれている本名のほかのもう一つの名を教えられる
この名前のほうは烏名(からすな)と言われて、どうしてそういうのかは伝わっていないみたいだ
0402本当にあった怖い名無し
なぜこんなことをするかといえば、親の手伝いとか山菜採りとかの用事で裏山近くに行ったときに
どこからともなく風に流れてくるような感じで不意に名前を聞かれることがある
「名のりなさい」のような言葉が聞こえてくるらしい
そのときに本名を答えると、そのままどこかわからないところに連れ去られてしまい
神かくしになってしまう
またその呼びかけに答えないと弟や妹
あるいは爺さん婆さんなんかが日をおかずに亡くなってしまうらしい
それで呼びかけがあった場合は烏名を言いなさいというふうに躾けられるんだな
それで俺にも烏名があるんだけど、それはここでは書けない
家族以外の人にはあまり言ってはいけないことになってるんだ
それでこの呼びかけをするのが落人の皇子と侍従の迷った魂なのだそうだ
もちろん俺は何度も裏山近辺に行ったし、登ったこともあるけど名前を聞かれたことはない
そもそも子供の神隠しもなかったと思う
俺が住んでた時にはまだ100世帯以上あった村も
今では市の一地区になって60世帯くらいまで減っていると聞く
ちょっと思い出して懐かしいんで書いてみた
0403本当にあった怖い名無し2013/07/15(月) NY:AN:NY.ANID:TVleSxK20
>>401-402
烏名というのは初耳で興味深い話だった
江戸時代まで武士や豪商の男子には幼名があったけど
女子にも名前を二つ持たせるというケースは聞いたことがない
ちなみに、自分の曾祖父は明治15年生まれで幼名を持っていた
文明開化が行き届かない?田舎では
明治の中頃まで幼名をつけてしまっていたようだね
戸籍はどうなってたんだろう……今度調べてみるかw
0407本当にあった怖い名無し2013/07/21(日) NY:AN:NY.ANID:rtcFE4480>>403
以前見た江戸末期生まれの曽々祖父の幼名は戸籍にも載ってたよ。
10年位前にとった、まだデータ化される前の手書きのやつのコピーだったけど。
今はどうなってるんだろう?
0405本当にあった怖い名無し2013/07/20(土) NY:AN:NY.ANID:LwnWxGOH0
落人の伝説って各地にあるんだろうな。
一番メジャーなのはやはり義経だろうと思うが、現在住んでる四国の某地方にも落人伝説とそれにまつわる怖話がある。
落人は源平合戦のときに壇ノ浦に沈んだといわれる幼少の天皇なのだが、
実は生きていて自分らの地方を過ぎ、さらに海を渡って南方に向かっていったという伝説だ。
天皇と一行が集落の菩提寺に泊まったときに、礼として書き溜めておいた経文を当時の住職に下した。
そのようないわれのあるものが、いまだに寺に残っているのだが、経文はところどころ虫食いになって穴が開いている。
これは紙魚に食われたわけではなく、一字を小刀で切り取ったような四角い穴があちこちに開いているものだ。
どういうことかというと、まともな薬も医師もなかった時代に、病人が出た家の者が住職のところにやってくると、
うやうやしく経文から一字を切り取って与えたというのだ。そして病人は念仏を唱えながらその字を飲み込むわけだ。
現代の医学で考えるとブラセボ以外の効果はないと思われるが、それでも治る人もいたのだろう。
0406本当にあった怖い名無し2013/07/20(土) NY:AN:NY.ANID:LwnWxGOH0
それで怖話だが、江戸初期頃ではないかと思われるが、ある漁民の家に病人が出た。
漁師の高齢の母親で、寺から経字を切ってもらって飲ませたもののいっこうによくなる様子もない。
ところで経文には切ってはならない字というのがあり、それは経を書いたとされる天皇の名である二文字だ。
この二字だけは、切り取るとたちどころによくないことが起きるという伝えが長い年月のうちにできていたようなんだ。
ところが、母親が明日をもしれぬ容態となった漁師は万一にとの望みをかけ、
寺の庫裏に忍しのび込んで、わざとその二文字だけを切ってきたという。
そして母親に飲ませた。すると、にわかに具合が良くなってきたように思える。
漁師は喜んで、母親をむしろを下げてへだてた納戸に寝かせておいた。
その晩のこと、ばしゃん、ばしゃんという水音で漁師は目を覚ました。
音は母親のいる納戸のほうから聞こえるようだ。そこで起き上がってむしろをまくりあっと驚いた。
せまい納戸の中は水びたしで母親の姿はなく、六尺をこす、
白いイカともタコとも判別のつかない生き物がのたうっていたのだそうだ。
その生き物は少し明かりがさしたのに気づいてか、呆然としていた漁師を押しのけると、
のたくりながら海へと向かっていったという。母親の姿はどこにも見つからなかった。
0408本当にあった怖い名無し2013/07/22(月) NY:AN:NY.ANID:cRiUaW9rP>>406
切っちゃいけなかったのは、「安徳」だなw
讃岐人か?
0416本当にあった怖い名無し2013/08/14(水) NY:AN:NY.ANID:MkiQ3uUqP東北の話らしいけど気になるので知ってる人いない?
↓
私は東北在住なんですけど私の住んでいる地域で最近変な話があるんです。
『能面が起きた』と。
それは、今年の5月に私の住む部落(地域的な意味です)で急きょ祭りが行われることになりました。
今まで無かった祭りが急にできたのです。
それで、知り合いの区長さんになんの祭りか聞いてみました。
17歳以上の者はほぼ強制参加。
祭りと言っても出店があるわけでもなく、お寺の境内で火を焚いて鎮魂すると。
教えてくれたのはそれくらい。
しつこく聞いたのですが『どうせ参加しなくちゃならないんだから、そうすれば分かるよ』と。
両親にも聞いたのですが『町の安全を祈って行う』とか『町おこしだ』とか、なんとなくはぐらかされてるような内容の答え。
正直、面倒でした。
仕事を理由に不参加しようと考えました。
ですが……、私の職場はその部落にある小さな建設会社。私はそこの事務をやっていました。祭りの当日、会社は全体休業。行かなくてはならなくなりました。
夕方くらいに寺に行くと、部落の人達がいるわいるわ。
こんなに人住んでたの?と思うくらい集まってました。
みんなが、境内の真ん中にある火を焚く矢倉を囲む様に丸くなってます。私も嫌々ながら混じりました。
夜7時、太鼓が鳴らされお寺の中から能面をかぶった人が4人出てきました。
寺の住職と区長さん、(服装は私服だったので服装や体格で分かりました)後の二人は分かりません。
その4人が焚き火の周りを回り始めました。
0417本当にあった怖い名無し2013/08/14(水) NY:AN:NY.ANID:MkiQ3uUqP
手には扇子と、棒の先に長い毛が付いたやつを持っています。
しばらく回ったあと、太鼓に合わせて踊り始めました。みんなバラバラでした。
区長さんは盆踊りみたいな踊り、住職はお世辞にも踊りとは言えないような不恰好な動き、残り二人はジャンプしたり手を叩いたり。
見ている年配の人達は、ほとんど手を合わせていました。
30分ほど経ったとき、太鼓が一度ドン! と大きく鳴って、踊りが終わりました。
司会者から
『今日は忙しい中どうもありがとうございました。これから〇〇(集会所)で打ち上げをいたしますので皆様どうぞ』
とアナウンスされた。
みんながぞろぞろと場を後にする。
その中に職場の同僚がいたので話しかけました。
私『なんなのこれ?』
同『分からん(笑)なんかみんな変だよな』
私『打ち上げに行って聞いてみる?』
同『そうだな』
0418本当にあった怖い名無し2013/08/14(水) NY:AN:NY.ANID:MkiQ3uUqP
そして集会所に行きました。
祭りに参加した人の7割は帰ったらしく、人は少なくなっていました。
集会所の中にはテーブルがずらっと並んでいて、オードブルやジュース、酒が出ていました。
私と同僚で適当に座り、同僚はビール、私はジュースをいただきました。
特に誰かのスピーチがあるわけでもなく、みんな座るなり適当に飲んだり食べたりしてました。
しばらくすると、近くにいたおじさんが酔い始めたのでチャンスだと思い『今日の祭りってなんなんですか?』と聞いてみました。
おじさんは
『んぁ? あぁ……能面が起きたんだ。だからなぁ……。鎮魂だ鎮魂!』
と言った後、知り合いらしい人と喋り始めたので聞けず。
私は思い切って区長さんに聞きに行きました。
『そうだなぁ。どこでもあるんだよ、こういうのは。でもな、このことは分からなくてもイイんだ。〇〇(私)はこういう祭りがあった時に参加してくれればいい。もう少し歳をとったら全部話してやるから』とだけ言われました。
これ以上は聞くことは出来ませんでした。
たぶん、昔飢饉があって…とかだとは思いますが隠すことあるのかな?と。
ただ、『能面が起きた』ってどういう意味なんだろ?
文才ないからうまく伝わらないかもしれませんが、実際にあったことです。
それと、個人特定できるかも知れませんがスルーでお願いします。
0419本当にあった怖い名無し2013/08/14(水) NY:AN:NY.ANID:cwXBMSiaPちょっと前に,この板のどっかで、「能面の呪い」
だったかの話あったな。鬼が暴れて散々悪事働くので
追い詰めて首切って能面に閉じ込めた?だったか?の。
勿論うろ覚えだけど。神社かなんかに封印してるらしい。
0421本当にあった怖い名無し2013/08/16(金) NY:AN:NY.ANID:u9jgUS0VP>>419
ありがと 探してみる
能面をして踊ってるし、言葉が訛って「能面が起きた」になったわけでなく封印が解けたって意味合いに近いのかな
0426本当にあった怖い名無し2013/09/03(火) 11:40:42.08ID:XN3CZlO50同じく沖縄の昔の風習なんだけど、猫の死体を吊るすという風習があったらしい。
母から聞いた話なのだけど、50代の母がまだ子供だった頃には割りと見られたのだとか。
何でも猫は死んだら祟るから、祟り避けの意味があったとか。
それと、魔よけの意味もあったみたい。
場合によっては犬も吊るしたとか。
木に吊るすこともあるが、特定の場所に吊るす事もあったのだとか。
ちなみに、吊るすための場所はまだある。
衛生的にも問題あるし、現在はもうとっくに廃れた風習だ。
0427本当にあった怖い名無し2013/09/03(火) 16:32:17.44ID:QN+xRA2LO大陸の方では古代(秦漢より昔)には犬を殺して城門に晒して魔よけにする呪術があったという。
これは犬がある種の霊獣と信じられていて、その血の霊威で魔物を制圧するものだったとか。
それが伝わったか似た慣習かもしれない。
洗骨は日本では鹿児島から以南の諸島によく見られる慣習。
大陸でも江南のビン南地方(福建など)で風水墓制と並行される慣習で、特に香港や台湾には洗った骨を針金で人体の形に括り直し
これを座禅をした形にして大きな甕に納めて再埋葬したり、それを更に数十年後掘り起こして郊外の特定の荒れ地や山中に集めてそのまま放置するってのがある。
0431本当にあった怖い名無し2013/09/08(日) 00:01:37.97ID:pJumF4Vi0>426
猫の死体が魔除けかぁ。
今の「シーサー」とか「石敢當」は、案外そういう風習が形を変えたものかもしれないね。
調べてないからわからないけど。
「石敢當」とか玄関に文字の入った石おくだけって、そんな簡単な方法で厄を退けられるなら、そもそも民に畏れられてない証拠だし。
もっと沖縄にシャーマニズムが色濃く残る時代ならエグいもの(霊威のあるもの)を飾ってたと考える方が自然。
やがて信仰が薄まり、畏れのない現代人が風習を変化させていった流れかなと推測。
ここ最近の創作っぽいやつと違って興味深い話だった。
0446本当にあった怖い名無し2013/09/11(水) 17:33:26.03ID:Rw6FGdrO0
>>431
それは違うw
シーサーは狛犬と同じような起源だし、「石敢當」は、中国の昔の強い人の名前。
それに石を置くだけっていうが、盛り塩は塩を盛るだけだし、お札だって貼るだけだろ?
民間人がやるものなんだから、そんな手間隙かかるようなのじゃなくてもおかしくない。
0447本当にあった怖い名無し2013/09/11(水) 17:39:37.37ID:Rw6FGdrO0
ちなみに「石敢當」は、実は石である必要すらなくて、その文字自体に意味があるらしい。
だから木で作ってあるのもあるし、ブロックに石敢當と書いて置いてある家もある。
本気かどうかはわからないけど、壁にじかにスプレーで石敢當って書いてある家も見たことある・・・
だから、沖縄の石敢當の総数の調査は実質不可能って言われてる。
0448本当にあった怖い名無し2013/09/11(水) 22:45:52.60ID:I2KvPUV30
>>446
調べたら違うみたいだなwwシーサー猫の死体起源説はさすがになかったか
シーサーも盛り塩もお札も今では民間信仰に変化したから誰でも出来るってとこでは間違いないけど、
自分がしたのはそれよりも古い、沖縄でアニミズムが主流だった時代の話なので、それについては軽く補足。
盛り塩やお札は元々神事・仏事(祭司のみが許される儀式)だし、シーサーも本来は城門や寺社の前(それこそ狛犬)にしか建てられない特別なもの。
元々は決して民間人が手を出せる簡易な風習ではないし、
むしろ特殊な人間が手間隙をかけて行わなければ宗教としては意味がなかった。
それがムラやクニの生死を分けると信じられていたからね。
石敢當に関しては木や壁に書くというのも
最近の沖縄の人たち的に形式とかどうでも良くなってしまったというだけな気もww
現代の民間信仰ってのはそういうもん。
0433本当にあった怖い名無し
シーサーはエジプトのスフィンクスが東進したものじゃね?
エジプトではどういう扱いだったのかしらん。墓守かな
0438本当にあった怖い名無し2013/09/09(月) 21:43:46.69ID:5SKtTdZ20>>433
スフィンクスだけが、というわけではないけど獅子のイメージが東進した形がシーサーというのはあながち間違いではないよ。
エジプト・メソポタミア域で獅子が「屈強な神の使い」として王の建造物の傍に置かれていたのは周知で、
そのイメージは中央アジア、中国に広がっていった事がすでに証明されている。
ここまで来れば日本に伝播しない理由はないけど、岡山県にある熊山遺跡には、
獅子の顔をかたどった(ローマの真実の口みたいな正面顔)絵が描かれていて、
さらに獅子の冠を着けた人物坐像(エジプトやアッシリアでしか見られない様式)まで描かれているらしい。
ちなみに熊山遺跡の墳墓は、タジキスタンにあるヴァン仏教遺跡と酷似している(画像検索したら本当に似てるw)。
中国の生活技術や仏教などと一緒に、中東・中央アジアからわずかな異文化が持ち込まれた時代が確かにあって、
日本は地理的・時代的に見ても、狛犬やシーサーといった獅子のイメージが伝播した最後の地だったのかもしれない。
0439本当にあった怖い名無し2013/09/09(月) 21:54:25.38ID:vA/Q4Iiy0
しかし、琉球の人はインディオ系の血を受け継いでいるってのが濃厚だしなぁ
文化が伝わったとしても大和止まりで琉球の方に行く事ってあるんだろうか
狛犬はルーツが同じ可能性あるな
0441本当にあった怖い名無し2013/09/09(月) 22:04:51.45ID:5SKtTdZ20
>>439
シーサーは直接中国から渡ってきたみたいだね。
だから時代考証は必要だけど中国から先、日本列島と沖縄の2ルートに分岐したと考えるのが妥当かも。
ちなみに琉球民族がシーサーごと沖縄に持ってきたわけではないので血筋は関係ない、と思。
0440本当にあった怖い名無し2013/09/09(月) 22:00:25.80ID:5SKtTdZ20
スレタイ通り土着信仰の話に戻すけど、獅子とかキツネとかは渡来系の「神の使い」で、
どちらかというと守り神(民を災害から守るイメージ)の側面が強いからさほど怖くはない。
(うしおととらみたいに、中国からキツネの邪悪なイメージそのものが海を渡ってくる説話もあるには
あるけど比較的新しい)
個人的には日本で最も深い怨念を背負っている動物神は蛇神だと思う。
渡来系の人々に駆逐され、キツネや龍に上書きされていった古来の神でミシャグジやソソウという名で微かに息を留めてる。
さぞ蛇の怨みと畏れは深かろうと。
限定するつもりはないけど、どなたか蛇にまつわる怖い話を知っていると嬉しい。
0443本当にあった怖い名無し2013/09/10(火) 15:52:40.98ID:BNajaA6d0
ミシャグジさまのいる土地の者だけど
たぶん「蛇」って概念も新しいものだと思う
もともとはもっと自然信仰的なものじゃなかろうか
湖と川、もっと言えば水そのもの
それを例えたのがミシャグジさまかなあと思う
まあ鹿の頭を毎年75個もよこせとか、たしかにおっかないけどw
0444本当にあった怖い名無し2013/09/10(火) 20:06:49.77ID:wRn8CLaf
I建御名方神はタケミカヅチに力比べで両腕を引き千切られ蛇の様な姿で諏訪まで逃げた。
0445本当にあった怖い名無し2013/09/10(火) 22:57:38.69ID:zPt6nORF0
>>443
日本の動物神の中で新旧をつけるなら龍・狐より蛇の方が古いという話。
でも、ミシャグジと水のある地形というのは確かに繋がりそうだね。
ヤマタノオロチ伝説は暴れる蛇=氾濫する川(しかも砂鉄の取れる川)やっぱり蛇=水が繋がる。
まぁ、水が先か蛇が先なんて誰にもわからないわけだけど、少なくとも蛇は水神だったと思う。
>>444 が言うように、列島の外から来たタケミカヅチに出雲の神タケミナカタが敗れて蛇となって諏訪に逃げる。
この日本書紀の話をそのまま信じるなら、蛇信仰が出雲から諏訪に後退したという事を暗示してる・・・って言ってしまえるね。
シンプルに考えればだけれど。
0451本当にあった怖い名無し2013/09/13(金) 00:52:04.11ID:DC34LWdR0
311の震災のあと、千葉で液状化が起こったときに、2ちゃんのどこかで読んだのは
地名にさんずいが付くのは元より、「龍」「蛇」もやはり水害のエリアらしい、ってこと?
で、知ってる場所に「竜王」という地名があり、今まで気にも留めなかったのだけれど、雨が
降ってる日など、そこの公園から川に向かって大量に水が流れ込んでて、今の技術でこそ
なんとか治水できてるけど、昔の人にとっては厄介なエリアだったのだろうな、と考えた
蛇神さまと関係ない話だけれど・・・
0452本当にあった怖い名無し2013/09/13(金) 00:58:47.61ID:lLNCFwLs0
>>451
地質の知識が無い時代はそんなもんだろうな
今の建設業界は地質ってのは予算を大きく左右する案件だからないがしろにはしない
過去に泥炭地だったような場所は数万本の杭を地殻に到達するまで打ってから道路を建設するような例は少なくない
杭打ち費用が10億円で道路建設費用が3億円のパターンとか普通にある
0455本当にあった怖い名無し2013/09/13(金) 11:36:13.66ID:T49J+LKs0>
>451
龍、蛇は水害エリアか…知らなかった
池、沼、川、田などは昔は湿地帯で地盤が弱いと聞いて
家を建てる時「森」のつく住所を選んだんだw
0456本当にあった怖い名無し2013/09/13(金) 12:07:40.53ID:UfBJ3baeI
蛇神も龍神も川を見たてた水神様だからね
川が近くに有る地域が多いだろうから水害も多かったんだろうけど、水に恵まれる地域でも有ったと思うよ
今は整備されて水害も水不足も命に関わる様な事は少ないだろうけど
0458本当にあった怖い名無し2013/09/13(金) 17:45:59.86ID:d5MZyXjoP
>>455
「森」が付く場所は、土砂崩れするかも・・
まあ見える範囲500m内に山迫ってなければ無問題
普通に考えても、昔からの家がある平野で、近所に川なくて
海から1km以上離れてたら大抵おkだと思う。
新しい住宅地って、山崩したり大抵なんかヤヴァそうなところに
必ず有るよね、ま土地ないんで仕方ないんだろうけど。
昔の人が避けてたところは、何処でもそれなりに理由あるんだよな。
0467本当にあった怖い名無し2013/09/17(火) 17:47:07.56ID:dShfeLoD0
>>458
「原」がつく地名はどうですか?どなたかご存知ありませんか?
0468本当にあった怖い名無し2013/09/18(水) 00:27:20.27ID:uKgGd9vDP
>>467
「葦原」だったらアウツ
根釧原野とかもあるしねえ・・
「○○町原町」とかならおk
0470本当にあった怖い名無し2013/09/20(金) 01:44:53.29ID:w6U35FzE0
日本には夜這いの風習があったという話は有名だけどそれに関する話。
うちの実家のあたりはそういうのがあったとされている。
民俗学の本なんかでは近年まであった事例として出ている。
実際には常習的な嘘つきのおっさんがいて、民俗学が盛んだった頃に
嘘デタラメを作って投稿をしたらそれが採用されて学会誌にのってしまい
これに気をよくしたおっさんは創作しまくったそうだ。
うちの母方の親戚になるそうだがその家は米相場あてて裕福で、その
嘘つきのおっさんは旧制高校出でだが遊んで暮らしていたという。
特にエロ関係の話は好評だったとかで夜這いや乱 交、処◯を捧げるなどの風習
それにまつわる言い伝えを続々と投稿して一角の研究者様扱いになった。
新聞記者や大学の偉い先生が来たり民俗学で有名な人も何度も来たそうだ。
このおっさんが嘘つきのデタラメな創作ってのは根拠があって、うちの実家の
あたりは江戸時代の後期に鉱山開発で発展したところで、おっさんの
研究にあるような太古からの歴史はないし、神社仏閣はその頃に作られた
新しいもので怪しげな儀式やら祭などあるわけがない。
ただの嘘つきでなく文才があり話術も上手かったんだろう。
こうしてこのおっさんの研究なるありもしない風習伝承ってのが事実のように
今でも民俗学の研究として書籍などに堂々と乗っている。
そのおっさんは戦後に大阪で出版社をはじめたけどヤクザとトラブル起こして
殺されたけど誰も引き取りてはなかったし墓に骨を入れるのも断られて
無縁仏になったそうだ。
0473本当にあった怖い名無し2013/09/20(金) 20:22:21.62ID:LfPNANR7P
何でこの手の話は、妙に男に都合いいように
なってるんだよ・・
0486本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 02:41:14.26ID:MYFwiKTDO
>>470
フィールドワークでよくある話なんだよな、それ。
嘘吐きや法螺吹きに騙された研究者が出鱈目な論文書いちゃうというのは。
0487本当にあった怖い名無し2013/09/24(火) 03:17:54.32ID:ppVzygDgP
>>486
だから、戦記もんとかでもホラで話が膨らんで本当のことが
分からんことはよくあるんだよな・・
だがいつの間にかホラが実話に・・
大体英雄記なんて脚色ばっかだからw

![土着信仰や風習に関する怖い話貼ってけ。[中]](https://kotatsu874.jp/wp-content/uploads/2025/11/28798988_m-2-1.jpg)