モンゴル帝国の衰退は寒冷化→免疫力の低下→ペスト大流行(パンデミック)→基軸通貨たる銀の不足
しかし、残念ながら「モンゴルの平和」は長くは続きませんでした。教科書などで言われる経済政策の失敗や、モンゴル貴族のぜいたくなども理由と言えますが、避けがたい世界的な気候変動に原因がありました。
全地球的な寒冷化は世界各地で凶作や天変地異を引き起こします。人々の抵抗力が低下すると共に、モンゴルによる統合でヒトの交流が促進された結果、14世紀半ばには黒死病(ペスト)の大流行が各地で見られるようになります。いわゆるパンデミックの始まりでした。
そして、モンゴルの経済運営も限界を迎えます。最大の要因は、ユーラシア規模での経済を回すには基軸通貨たる銀の不足を解決できなかったからでした。銀で繁栄したモンゴル帝国は、銀によって衰退していったのです。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/292206
じゃ、温暖化いいことじゃね?
そのとおり。寒冷化の方が全然ヤバい。日本だって江戸時代に寒冷化で4回の大飢饉が起きている。温暖化の不安を煽ってる奴らはただのアホ。
その通りだね、TVなんかで温暖化で砂漠化がとか言っているけど、単にアマゾンとか
毎年、日本の本州位の面積を切り開いて森林を伐採している影響だよね。
温暖化は作物を育てて飢餓を無くす、アフリカの飢餓が少なくなって来ているのは
温暖化で作物の収量が増えているからだよ、農薬や機具の発達と言うけど
そもそも気温が高くなければ作物の生育は低い。
その中でも、CO2は作物にとっては命でこの濃度が高いほど作物はよく育つ。
その証拠に、温室栽培などのビニールハウスでは収穫を上げるためにCO2を
大量に吹き込んでいる。
今の地球は100年前の240ppmから400ppmを少し超えるぐらいの
濃度になっただけだ。
過去の地球では今の濃度の10倍以上の時も有った、その当時は、植物が良く育ち
森林で鬱蒼としていた、そうしたものがCO2を吸収して徐々に濃度が低下して
近代になった。
ロシアあたりならともかく南北に移動する降水帯対策のインフラ整備と蒸発散量の増加に伴う砂漠化&塩害対策の灌漑整備が出来ないで詰む国がアフリカ諸国や中央アジア頻発しそう。内モンゴルも水害でてたし。
しかも寒冷化してようが
日本列島は地震だろうが台風だろうが洪水だろうが関係なく起こるからな
地球温暖化なんてバカの考え。
気候変動が正しい。熱くなるところもあれば、
寒くなっている所もある。
マスコミが本当にバカ。
だけじゃないんだな
モンゴルってのは騎馬民族なので、
相続方式が長兄相続じゃなくて、分割相続。
だから広大な領土をそれぞれの息子たちに「分割相続」した
その後、各地で皇帝または王族化すると官僚の6割が地元民で、文化があるのが影響していく
結果的に官僚としての能力がモンゴル族にはなかったもんだから、
書記長によって嘘の法度や命令作られてもわかんないわけ
そして元ではクビライの元寇と越南遠征の失敗などで東に限界点を迎え、西はワールシュタットで勝ったが撤退した
そして騎士は百年戦争でロングボウ兵に負けることで衰退する
遊牧国家>>45の宿命として、分裂・叛乱だらけ、おまけに文化が薄まり結局は衰退していく
あとは定住化により騎馬民族の馬品質の低下と馬術・弓術の低下
元でも漢化が問題になってたようですな、よそのハン王国でも同じ問題抱えてたでしょね
紙幣での信用創造という、まやかしのバビロニア金融業を作り上げられなかっただけだろ
銀の不足ならば、元寇が本当は石見銀山占領を目的としていたのかも知れない
もしモンゴル帝国が当時世界一の産出量の石見銀山を確保して日本から輸出していたなら
この問題は解決していた
モンゴル帝国は続いたかも知れない
元寇で日本が勝利したことは、世界史を変えたのかも知れない
石見銀山の発見は元寇より後だし最盛期はさらに後
元寇当時は世界一の産出量じゃないしクビライが知ってたとも思えない
とはいえ金銀しろ硫黄にしろ資源目的ってのもありえるだろうけど
ペストはモンゴル帝国の外側で発生したのですよ。>>1
モンゴル軍の東欧侵攻が、後継者争い勃発したため撤退したので軍事的には助かったが
モンゴル軍の中でペスト患者が出て、その死骸を城に投げ入れたなどでヨーロッパに広がり
人口の半分近くが死ぬパンデミックが起こったが
ペストはチベット地域の風土病、そこから流れ中国では何度もパンデミックがあった
日本では何故か?明治になるまでペストが流行したという記録がないらしい
明治の被害も他国と比べたら大した事ないし
中世ヨーロッパパンデミックの時、ポーランド地域だけ被害が少なかったらしく
理由はアルコール消毒する風習からでは?と言われえる
日本も何かの生活習慣でペストに強い地域なのかもしれない
ヨーロッパは水が悪い所が多く不衛生だった。
特に都市部は2階以上に住んでいる連中は糞尿を盥にしてそいつを窓から道路へまき散らす。
ハイヒールってのはウンコ踏んでもいいようにかかとを高く作られたという説がある。
あと傘も降ってくる糞尿を避けるために使われていたらしい。
日本がよいというより、ヨーロッパが悪かったのだ。
>最大の要因は、ユーラシア規模での経済を回すには基軸通貨たる銀の不足を解決できなかったからでした。銀で繁栄したモンゴル帝国は、銀によって衰退していったのです。
もし日本征服に成功していたら、今でも存続する大帝国が築けていたということだな
ふーん・・・どうかは知らんし興味もないが、因みに日本がやられなかったのは
神風とか関係はねーからw
まぁ、都合よく台風は来たけどなwww そこまで持ちこたえちゃったんだからw
一発目は甘々だったが、2発目に備えて、それなりに準備したからな・・・
北条云々、鎌倉武士云々、九州の基地外云々含めて
ガチで撃退したんだと思うよ・・・残念ながら対馬とか壱岐とか
あの頃の小島はやられて拠点になっちゃったりもしたけど・・・
文永の役の使者→文永の役前の使者
>>241
アンゴルモアといい、最近元寇が創作の上でもよく取り上げられるね
海外のゲームで北条時宗が出たこともあるし
銀の不足で日本を攻めたんだよな
世界はモンゴル以前とモンゴル以降で大変革を遂げてるぞ
中国もモンゴル支配によって、国家体制も言語も変わった
明の兵制はモンゴルのまんまだし、今の北京はモンゴルが建設した大都のまま
モンゴルの遺産のまま続いてる
それって全部中国じゃん
ヨーロッパ人に恐怖を植え付けた
> 寒冷化→免疫力の低下→ペスト大流行
これも非常に重要だね。同時に、
寒冷化→穀物凶作→食糧難→暴動
これも影響大だったのでは?
モンゴルの皇帝って、代替わりのたびに凄まじい権力闘争で疲弊してたから
それが原因じゃないんかな?
一年くらいで退位させられたり、暗殺されたりした皇帝の多いこと多いこと
>>1の記事は批判通り越して北条時宗が文永の役の前に使者斬って文永の役を引き起こした
という意味不明な捏造がされてる
デカくなり過ぎたから
当時の情報伝達手段で維持出来ないから必然
後継者争いで分裂したから
だよなあ
パンデミックの前に衰退してたんじゃないの?
隣の共和国もそれで終わるんかな?
まあ普通にそれだよなぁ
大国が崩壊するのも殆どの原因が後継者争い、権力争いといった内ゲバでの自滅だしなぁ
全くモンゴル史がわかってないバカ。
モンゴルが最大帝国だった時代以前から
すでにモンゴルは分裂していたが
それでもモンゴルは膨張し続けていた。
モンゴルの衰退は分裂とは関係ない
モンゴルは暴れまわって略奪しながら遊牧してるだけだからそもそも大帝国なんか作ってる意識もなかったんじゃね
そりゃねえだろw
それだと元帝国とかどう説明すんだよ?
紙幣の導入等、むしろ先進的な経済運営してたぞ
略奪型経済モデルはスペインやポルトガルの方だ
広大な領土を手にしてる自覚はあるし、各地の民族も上手くコントロールして支配していた
モンゴル人を甘く見過ぎ バカじゃないの
そんなの一時的なものだろ
現に衰退したんだし
まあ一時的でも200年も大帝国やったのはすごいとは思うけどな
結局は元の鞘に収まるんだよ。それが世の理だ
少なくともフビライは違っただろう
わざわざ元を建国してるし統治のシステムもかなり整えてるし
モンゴル帝国の規模を調べて来いと
モンゴルは法の概念がそもそもなくて、幹部がその都度発する命令で何となく国を治めてたけど
ある命令は上役が発する命令と矛盾すると無効になるし、身分の上下が大王の一言で簡単に入れ替わるから
命令の有効無効が良く分からない文化で、大国化初期に不都合が表面化してた
そこで、元建国の際にフビライが採用した中国の法務官僚が頑張った
命令を一つ一つ体系化して位置決めして、矛盾する上役の命令が無いかチェック
身分変更の際には矛盾する命令との調整も併せて行われ
チェックに通った命令が法として公布される手続きが制度化された
制度化以後は歴代の中華王朝と大して変わらない法的安定性を持ててた筈
モンゴルはウイグルを支配下に置いた時に
中央アジアの共通語であるチュルク語を使いこなす官僚組織を手に入れてる
財務関係や農村支配のノウハウなど
ウイグル人は漢語からイラン系方言にも通じてたので、モンゴル帝国の拡張に大いに役立った
モンゴル帝国の統治機構はそのまま明やチムール帝国にも受け継がれてる
初めて聞いたわそんな理由
気候変動て南極の氷とかしらべて比較的最近わかったんちゃうか?
同感
最近異常気象が多いからって、モンゴルも同じってことはないと思うよ
人間の力で気候変動することにしないと温暖化対策に金がつかないから
すべて小氷期の到来と一致する
日本の江戸幕府が何度も飢饉を乗り切ったことを考えれば
統治が上手く行っていれば気候変動やパンデミックを乗り越えられることもあるんだよね
大規模に回す勝利の方程式みたいなのがあるとそれを持続したくなるのが人情。
よほど強固な体制が出来てないと崩壊する。
そもそも気候変動を前提にした政治体制てのは早々無いから数年不作が続くと厳しいし、10年続いたらまず倒れる。
政治が腐りきってる日本で暴動起きないのは食いもんがあるから
なければとうの昔に自民なんか壊滅してる
歴史泥棒らが乗っ取りを企てようとしたら
内部分裂したとも考えられるのか
モンゴル帝国方面 行っていないので詳細 知らないよ
これ
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1625458108/
そりゃあ元寇は中国にとって都合が悪い史実だからなw
まず中国が蒙古に征服されたという屈辱の歴史w
あと日本を侵略しに行ったという、ぜったいに隠したい歴史w
でもたまに中国のネット見ると元寇の話題に結構人が集まってるんだよな
とはいえ元より南宋の方に思い入れがあるらしいコメントをよくみるけど
東晋以降の王朝は明以外全部異民族王朝なのにな
アフリカ中央部から水上輸送でクリミアまで来てクリミアからシチリアに
達した説とかを読んだがアジアで弱毒だった風土病だったウイルスが
モンゴルの交通網整備で変異をしながら西に広がりクリミアから
シチリアに達したところで強毒化してそのまま西ヨーロッパで定着して
風土病化してしまったとかそういうことだったかもしれない
代替わりするたびに内戦やってたし
あと皇帝とかがやたら早死にというかなんか急死しすぎ?
全く安定感がなかった
徹底した実力主義の宿命で、モンゴル帝国もやはり崩壊
≪遊牧国家 ゆうぼくこっか ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典≫
> 実力主義で王位を継承することが多かったため争いが頻発し,いずれも分裂したり,
> 短命国家に終わることが多かった。
* 遊牧民の慣習: 「領地領民の分割相続」により君主の弱体化や内乱を招く
* 征服した各地の文化に染まる: モノを持たない遊牧民の文化が薄れる
* あちこちで叛乱…「四方八方戦争吹っかけて回ったツケね。」
つまり、戦争で広まった後は、戦争を止められずに
無理な疲弊、各地の叛乱、
さらに王族同士のガチ内戦、などを重ねてボロボロ分裂し弱る
それで>>45の様に仲間割れする
一兵卒も大将も平等というのは内乱や革命が起きやすい
共産主義革命が起きた国は全て外婚制共同体家族だ
ちなみに北朝鮮は日本やドイツと同じ直系家族で不平等の価値観を持つ
だから、共産主義になっても実質は世襲一族支配体制になった
日本も民主化しても実質世襲一党支配体制だ
分裂した各ハン国同士で別の国と同盟して対立したり、王族がガチ内戦おこしたり
おまけに
各国が各地の文化に染まって薄まって変質するし
さらに工業化が進んで、遊牧の利点も薄れてくるし
ヨーロッパ勢は海上交通を発達させ、内陸が重要でなくなるし
ロシアや清は勢力拡大するし
広がり過ぎて分裂して、変質して弱体化してグダグダになって各国とも消えた
制海権維持できず補給路も確保出来ない。
弓矢が不足して得意の戦闘が出来ない。
そもそもまともに陸戦できず鎌倉本隊到着前に
九州の御家人集に大敗してる。
太宰府落とせないモンゴルに勝ち目無し。
九州にまともに上陸できなかったのに、何でより距離のある若狭湾なら勝てると思ったの?
戦略兵器の羊を持ち込め無かったのが敗因のひとつ、持ち込んでも山に逃げ込げこまれて居なくなりそうだけど、、生態系がエライことになりそう
弘安の役(二度目の襲来)のときなんて、日本側が手ぐすね引いて海岸線を要塞化してる所へ都合よく攻めてきてくれてるしな
明らかに、日本側の人間が元寇の艦隊か、或いはそれ以上の上層部に潜り込んで誘導してるとしか思えない
広い日本の海岸線、上陸するなら鳥取だってどこだって良いわけだ
ていうかね、普通に元寇襲来前後、漂流して日本海側に漂着した元の船ってかなりの数あったんじゃないの?
特に嵐が来て操船出来なくて散り散りになった後では
どうして、そういう話が、記録なりなんなり、何らかの形で後世に残っていないのかな
不思議でならない
>広い日本の海岸線、上陸するなら鳥取だってどこだって良いわけだ
弘安の役では鳥取じゃないが同じ中国地方の長門にも襲撃してる
幕府も事前に軍を配備してたんで返り討ち
九州がメインだったのは>>165で九州しか事前調査できなかったからじゃね
あるいは戦場を九州に絞って防衛戦力も集中させやすくすることが日本の狙いだったのかもしれんが
漂流して日本海側に漂着した元の船の記録は貴族の日記にあったような
文永の役か弘安の役か忘れたが
日本は元寇の前に承久の乱があって、そこで既に↓ここまでしてる
鎌倉幕府と敵対した上皇2人の島流し
幕府に都合の良い幼帝の即位&即位してない院が院政開始
↑の系統の断絶後はこれまた島流しになった上皇の皇子は幕府に都合の悪いので避け、
乱に関わってない上皇の皇子を即位
要するに幕府にとって自分らに都合の良いよう天皇や皇統のすげ替えすらしてるんで
京都を襲撃されて当時の天皇や上皇が打ち取られたとしてもそれで終わりだーと降伏するほど甘くはなかったと思う
それならそれで幕府に都合の良い皇族を即位させて朝廷存続させるんじゃないかね
なんなら幕府にはご嵯峨上皇の孫が将軍してるし
臣籍降下してたが平安時代に宇多天皇が源氏から皇族復帰しての即位の前例作ってるしな
若狭湾までの補給線の確保が大変だし、若狭なんて平地が凄く少ないから、上陸しても
すぐ山岳戦だぞ
山岳戦は守る方としてはゲリラ戦がしやすいから圧倒的有利
天然痘パンデミックから藤原仲万呂乱のあたりの経緯を考えれば、
(淳仁天皇、塩焼王、道祖王あたり天武系男子皇族が失脚した経緯は)
パンデミックからの復興が上手く行かなくて責任の押し付け合いで自滅した感がある
モンゴル帝国の分裂も、団結が失われる間接的な原因には
寒冷化からの凶作やペストがあるかもしれない
院政始まった頃の藤原氏と天皇の軋轢も、藤原氏が入内させる娘が足りずに
藤原氏の娘が産んだ皇女を代わりにしたがそれでは藤原氏が直接の母じゃなからって説もあるし、
源家将軍が三代で断絶したのも頼朝に子ども少ない&庶子出家させてた&実朝に子供がいない、ってのがあるし、
徳川家が長く続いたのは家康が超子沢山で本家に後継者いないならその分家から迎えられるようにしたってのもあるし、
子供の数や扱いって結構興亡に関わってるよな
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中国の内モンゴル自治区でも4月にペスト感染したリスが見つかってるしさ
寒冷化したらまた国1つ滅ぼす事になるかもな
戦争とかよりウィルス、疫病なんだなって実感した
感染する範囲とスピードが凄過ぎる
ペストとかスペイン風邪とか字や写真ではイマイチ実感がなかったものが
まさか令和になって実感する破目になるとはなあ
まあそれでも今の所日本はまだ比較的マシな方だろうけど…
明に敗れたあともモンゴルに帰って北元として長く続いたのがおもろいとこやね
(´・ω・`)
ロマンを感じてた
スブタイ、ジェベの騎馬戦術は20世紀のドイツ機甲師団の
将帥も参考にしたほど、圧倒的な強さと巧妙さを誇っていた。
モンゴル騎馬軍団は平野での駆け引きが優れ、不利な地形では
戦闘を避けた。また、攻勢終末点を弁えて、ジャップの様に
補給、兵站線を分析せず、イケイケドンドンのバカげた戦略を
採らなかった。
元寇って何でろくな補給線つくらずに大軍で攻め込むなんてばかげたことしたの?
文永の役は、大規模な威力偵察戦で上陸して
橋頭保を確保する予定ではなく、実質戦闘一日で
自発的に撤退していった。
弘安の役の時は、農機具まで用意して永続的な支配地確保を
目論んでいた。
唯、上陸しても平野部で騎馬戦術を展開するには、数千の
馬匹が必要だが、その用意はしていなかった。
なおベトナムは補給線をベトナム軍に攻撃されて残された軍はジリ貧になった
戦の常道とはいえ補給線作っても負けてるのな
巨大すぎるゆえに帝国内の事件や反乱を早急に知る必要があり、高速で大軍を急派できる街道網と鏡や狼煙台による通信連絡網を整備したことが仇となった。
ユーラシア大陸が小国分立状態なら、中国という「一辺境」で発生したペストが欧州まで飛び火する可能性は低かっただろう。
[結論] 寒冷化による免疫低下とペストはほとんど関係がない。
モンゴル帝国が滅んだのは実に明快でしょ?
チンギスハーンのおぞましいサイコパス気質が遺伝した
子孫達が後継を常に争い始めたからだよ。
チンギスハーンの事を調べれば調べるほどそのおぞましさが理解できますが、
あいつらは身内でも平気で殺し合う”紛争血統”だからね。
常に誰かと殺し合いをして奪い合うような行動を起こすのがハーン血統の特徴です。
そして、そのハーン血統に汚染されたイスラム地域はどこも
部族間抗争が絶えない”文明未発達地域”であってね。
私はチンギスハーンの遺伝子に多く汚染された地域を
”ハーンベルト”と名付け、投資不適格エリアとしてする仮説を提唱したことを思い出しますね。
人権団体がどうせうっとうしいだろうから論文にはしませんがね。
チンギス・ハーンの血統は聖なる血統として中央アジアで尊重された
直系の汗国は19世紀まで続いてるし
チムール帝国もムガール帝国も
モスクワ公国も
オスマン帝国もモンゴル皇女を娶った婿殿の立場で君臨してる
そうなると、モンゴルが混じっていないのは西欧とアフリカくらいかw
さらに不思議なのは、占領されていない筈の日本人に蒙古斑があることかw
蒙古斑って名前は蒙古とつくけど別にモンゴル人特有のものじゃないよ?
>そして、そのハーン血統に汚染されたイスラム地域はどこも
部族間抗争が絶えない”文明未発達地域”であってね。
未発達等ではなく野蛮人モンゴルによって文明が消滅させられたのだよ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
バグダードの戦い(英:Battle of Baghdad سقوط بغداد)、あるいは「バグダッド包囲戦」(英:Siege of Baghdad)は、1258年にチンギス・ハーンの孫にあたるフレグ率いるモンゴル軍がアッバース朝のバグダードを包囲した戦いである。モンゴル軍によって攻略されたバグダードは徹底的に破壊され、市内に存在していた知恵の館や数々の図書館に収蔵されていた何十万冊もの大量の学術書はモンゴル軍によって燃やされるか、または、川に捨てられた。これによってイスラム文明が築いた多くの文化遺産が地上から消失した。
遊牧民族に限らず国分けて滅んだ例なんか枚挙に暇がない
遊牧しててパンデミックになるか?
というか、ペストが原因で国が滅ぶならヨーロッパは全滅してなきゃ理屈に合わん
ローマ帝国
土地は果てしなく広いけど人が暮らし交流するのは狭いゲルの中だからバンバン移し合うのでは
めっちゃ調子よく勝ち進んでも食料は現地調達するとして武器や装備が消耗したらどうする?日本の鎧着て日本刀や日本の弓矢で戦うのか?
1〕:シンガサリ朝反乱軍?
(?一勢力と同盟して勝った後、裏切りで追い出されたが戦利品は持ち帰った)
2〕:「三別抄(政治家の私兵団)」
「抗モンゴル派」を粛清し、役目終えた私兵団が解体命令を出され、失業対策で反乱
※日本にも救援求める一方で、元には「忠誠誓うから領土くれ」と媚びる(二枚舌)
3〕:「アイヌ(樺太・大陸の他民族を侵略)」
新参民のアイヌ(北方オホーツク系と交雑して13世紀に新登場)が、他の先住民を征服し勢力拡大
元の勢力範囲まで侵略されたため、元の防衛出動
アイヌ(侵略者)に対し、元軍がソリ(犬・トナカイなど)・船で排除・懲罰を重ね、やっとアイヌは服従
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/hakubutukan/education/d061522_d/fil/tatakai.pdf
●> アイヌはサハリンに侵入するだけでなく、
●> 大陸に渡って村々を襲い、略奪をおこなって. 元軍の手を焼かせていました
(1~3どれも「鎌倉時代の日本」よりはるかに格下)
ただし、刀伊の入冦の略奪軍:約50隻(約3,000名)に大苦戦で略奪されまくり「平安時代の日本」だと…
結局日本に攻め込んである程度は侵略出来ても、だだっ広い大陸と違って山がちな島国じゃ得意の騎馬戦術も使えるところが限られてるし、地の利があって起伏のある地形での戦いに慣れてる武士が勝ったんじゃない
抵抗されればそこで大きな国力を投資せざる得なくなる
それを半径数千キロの360度でやってたらどんな帝国も持つわけがない
モンゴル帝国はよくやったほう。余計なことしなければもっと長く続いただろう
日本は京都でなく地方武士の国だからまあなんとかなる
「太平記」
> 此企兼てより吾朝に聞へしかば、其用意を致せとて、
> 四国・九州の兵は筑紫の博多に馳集り、
> 山陽・山陰の勢は帝都に馳参る。
> 東山道・北陸道の兵は、越前敦賀の津をぞ堅めける。
・異国の貿易船・海賊船すら、帰路が偏西風や海流に逆らうから北陸は嫌うし
大型船だとよけい操船が難しい
つまり、まともな船団を継続的に北陸に送って大陸に戻すなど無理、まともな補給も無理
・港で待ち構えた兵を万が一破っても、地図もGPSも無線もないのに山越えで敵兵多数の帝都へ
しかも日宋貿易で敦賀を使わなくなってはるか経ち、大陸には道案内もいない
ジャンプのキングダムですらこんな無謀な作戦はやらんだろ
この銀の輸出減がどう中国朝鮮王朝に影響したかの研究あるのよね
読みたいなー
おまけにモンゴル人は凶暴だが頭が悪いから世界支配とか無理な話
数少ないんだな
知事、通訳、記録官、護衛を含めて五人しか派遣しなかった
叛逆するなんて楽勝
ところが定時連絡が来ないと地平線の彼方からモンゴル三部兵団がパオ付きでやってくる
前回は税金納めて服従すれば宗教も自由で、下手すると無血開城してるが、
反乱起こすと今度は街の人間全滅させる
だから広大な領土を保持できた
へ~~おもしろいなぁ!
元寇で勝利もしくは、フビライが下手に交渉し日本と通商してたら
もう少し長く繁栄してたかもしれんのか
というか南宋が日宋貿易でそうしたように民間貿易でも日本の資源は手に入るんだよね
元とも一応日元貿易したけど双方が警戒してるからトラブルが起きたりそれで警戒が厳しくなったりしてる
そこから遠かった日本とヨーロッパが、結果的に近世栄えた説あるよねw
あー確かに。
言われてみればそのとおりだな。
すげぇなアンゴルモア、本当に恐怖の大王にふさわしい最悪さだ
侵略のさいにヨーロッパで疫病に倒れた自軍の死体を投石機で敵の城に投げ入れてばら撒いてるよ
これが「文永の役」(蒙古襲来)を引き起こしました。』
酷い捏造を見た
この捏造さ NHKの番組でもやってたから
組織的に歴史を書き換えようとしてる人たちがいるね
あんまりだよね
日本が返書しなかった対応に批判的にそれを元寇の原因という記事は今までもあったけど
そっちはまだ返書もらえなかった使者帰ってくる前から日本を討つと言ってることとかの
疑問点はありつつも一応日本が返書しなかったこと自体は事実だったが
今回のは「北条時宗が元寇の前にモンゴルからの使者を切り捨てた」というありもしないことを元寇の原因にしてる
北条時宗の使者切り捨ても「モンゴルから一度侵略された後に切り捨てた」と
「使者送って国書渡しただけなのに切り捨てた」じゃ全然違ってくるのに
5chでもそういう書き込み多くて12年前でもうこんなテンプレ作られてたなあ
アンゴルモアアニメ化したあたりではアニメ感想サイトでまで見かけたし
最近だとツシマ関係のスレでも見かけた
636: 消防官(愛知県):2010/10/06(水) 15:48:32.51 ID:jO73oA7AP
蒙古襲来における誤解
×高麗はモンゴルに30年に渡り、根強く抵抗し最終的に講話→王族が国民放置して逃げ出して、モンゴルに荒らされまくっただけ。
×元の使者切り捨てた鎌倉幕府は国際感覚が欠如→使者切り捨てたのは文永の後。ついでに言うと他にも使者殺した国は多い。
×三別抄見捨てた鎌倉幕府は(ry→幕府に支援求めてきたときは既に死に体だったし、しかもこいつら裏で元に媚びへつらってた。
×武士達は1人ずつ名乗りを上げてフルボッコに→当時の記録にそんな記述はドコにもない。普通に元が負けました。
×神風のおかげ→神風は撤退途中に吹いた。
×和弓はモンゴル弓に大きく劣る→性能面ではほぼ互角。
×殆どが高麗人→主力部隊は蒙漢人という華北の連中。遼とか金の主力だった奴ら。
×元軍率いた武将は無能→高麗の武将は無能だったが、元の武将は南宋遠征や三別抄討伐で功績がある。
×二回目の遠征の目的は旧南宋兵の棄民→他地域では用済みの住民や兵は、基本的に
直接皆殺しにしてたモンゴルがそんなまどろっこしい真似するわけがない。
×モンゴル人が主力じゃなかったから元は本気じゃなかった→モンゴル人は元々人口少ないから征服民が主力なのは当たり前。ベルセルクのクシャーンと一緒。
×台風のおかげで二度目も助かった→台風来る前に勝負はついていた。
×高麗の妨害工作やベトナムの反乱のおかげ→高麗はノリノリで対馬で大虐殺しました。ベトナムが反乱起こしたのは弘安の役の後。
MMTを知ってたらなあ
お金は信用創造でいくらでも発行できるのに
紙切れに価値を保障しつづけるのがけっこう難ゲーなんや
それが直接的な原因でしょう
トンデモ理論はやめなさい
文永の役を引き起こしたかどうか以前の問題で、文永の役までの使者を切ったことは一度もないし
嘘も百回言えばなんとやらというがとうとう記事になるまでになったか
何処で常識化したんだろうな?
どっかの中学の教科書に書いてあるんだろうか?
そもそも戦争する気満々で使者という名目でスパイしてんなら斬られて当然。
教科書で元寇がどう教えられてるのか調べたサイトを見たことがあるけど、
文永の役前の使者については「無視」「拒否」「黙殺」とは書かれても
使者を殺したなんてことはどれにも書かれてなかったから、
少なくとも検定を通過した正規の教科書には書かれてないと思う
ただ下のようなオンラインの私塾?では何年も前からそう教えてる所もあるみたいだし、
どっかのスレでは学校で教えられたって書き込みもあったから
教科書には書いてないけど教師がそう教えるケースがあるのかも
165 日本@名無史さん ▼ 2019/11/26(火) 17:32:48.10 [0回目]
日本が文永の役前に使者切った、それが元寇の原因って誤解、
ちょっと調べたら授業や解説系にいくつも出てきた
・トライイットという中学生・高校生向け映像授業サービス
【中学歴史】「元寇 文永の役と弘安の役」 映像授業のTry IT (トライイット)
https://www.try-it.jp/chapters-2878/lessons-2898/point-2/
>日本に興味を持ったフビライ・ハンでしたが、いきなり軍隊を送ったわけではありません。
>まず日本に使者を送り、降伏して元の支配に下るよう要求しました。
>当時の執権である 北条時宗 は、フビライの要求を拒否するだけでなく、元の使者を処刑してしまいました。
>この行為に激怒したフビライが、日本に大軍を送ってきたわけです。ついに戦いが始まります。
・無料WEB予備校・塾 チノポスの授業動画
竹内睦泰 元寇と得宗専制政治
https://www.youtube.com/watch?v=b4_azPkG7-o
>元の皇帝フビライは、日本に服属要求。家来になれといいました。
>日本側は北条時宗、家来になれと言ったモンゴルの、フビライの、使者を、二人の首を刎ねます。拒否。元寇でございます。
>まず文永の役。元高麗軍三万人が来ます。博多湾に上陸。
と、戦いが始まる前に使者処刑した、文永の役前に使者の首刎ねたかのように解説しちゃってるな
ネット塾のようなものとはいえ、『授業』として公開してるものにまで広まってるとは
しかも下の動画、閲覧数がつべだけでも2万ある人気動画なのに…
トライイットってあのトライか
もう一方の予備校講師も検索すると胡散臭いんだが
江戸しぐさみたいなもんだな
江戸しぐさも専門家が著書できっぱり否定したことで下火になったし
このデマも専門家が否定してくれるといいんだけどなあ
単なるネットのデマだった時と違って学者のものじゃないとはいえ
こうして記事になったり本になったりしてるって深刻な問題だし
5chでもよくツッコミ入ってるけどそれじゃ焼け石に水なのか
むしろ年々増えてる気がする
その後寒冷化して、今の状態。
今は寒い時期から温暖化してるだけ。
寝殿造は風通しの良い造りになってるな
夏は涼しくて良いけど冬だと凍死しそうな家の造りだな。
>南宋を孤立させて包囲するための政策だったのです。
日本に付き合いのあった南宋を滅ぼす協力しろって意味の外交関係なんてそりゃ断るよ
それ本当に読んだことあるのかねえ
「外交関係の樹立」って要は属国になれってことだよ
で「俺様の言うこと聞かないなら戦争だけどいいの?」って脅迫文なんだが
外交で従属を求めてたのも、高麗の統治が難航してたからであって
元々日本征服する気満々だったし
外交で従属を求めてたのは、まだ南宋と戦争中だったのと、
モンゴルは戦争前にまずは使者送って調べさせて
情報集めてから攻め込むってのが常道だからってのもあるだろうね
日本に行くには船が必要だから高麗にやらせてた造船にも時間がかかるし
使者と国書だけで脅迫して低コストで従属させられるならその方がいいから一応それも試したのと、
戦争の前の情報収集や造船の準備期間だっただけで、単に使者送って国書渡して外交して、だけじゃないんだよね
日本に何度も使者を送って交渉しつつ、同時に戦争準備もしてる
モンゴルやクビライの戦争のやり方は用意周到で色んな手段を同時に用いてる
それともし使者が殺されれば攻め込む大義名分ができるってのもあったんだろうけど
記事は間違ってて日本はこの手には乗らずに文永の役までの使者を生きて帰してる
文永の役でモンゴルの方から攻め込んで、その後に初めて使者を切ってる
日本を調べてた使者を九州以外には行かせなかったことといい、
当時の日本は割とモンゴルのやり口にのらずにかわしてる
カムイ伝とかでも金でなく銀だし
なぜ銀が主流だったのかねえ
金の方がキレイだし欲しいと思うのは
現代だから?
アジアは昔から銀本位制だし
新大陸の銀が流れ込むまではヨーロッパも銀本位制か
金銀本位制だぞ。銀が大量に流れ込んで価値が暴落したから
金本位制が確立したのであって、
産出量の問題
通貨として使うならある程度の量は必要だからな
この時代は銀がちょうどよかった
金も通貨として使われてはいるよ
日本の商人も日元、日宋交易で金も使ってるし
だから元寇の原因のひとつに黄金目当てじゃ?って説も昔からある
火薬の原料のひとつになる硫黄って説も出てきてるけど
けど記事にある「モンゴルの使者を切り捨てたことが「文永の役」を引き起こした」って説は聞いたことないなあ
というか文永の役以前に使者が切られたって説も聞いたことがないし
ここの元寇ニューススレとかネットで、多分文永の役の後に使者を切ったことを勘違いしてそう書き込んでるのはよく見るけど
ゲームオブスローンズの兄ちゃんも
それ参考に金をかけられて死んだんだろうな
完全なる統治ではなかったからな
モンゴル勢が弱くなれば元の現地国家に戻るだけ
武士の時代になっていたということだな
鎌倉も100年ほどが過ぎ兵力も充実してた時に来た
数10年前に大きな乱があり、各地兵力も整備されてた
これが「文永の役」(蒙古襲来)を引き起こしました。」
つうか記事トンデモすぎない?
専門書や論文じゃないとはいえ捏造を堂々と載せちゃアカンだろう
前々から日刊ゲンダイは歴史コラムやってたみたいだが
そんなに歴史記事に力入れてるのに内容の質がこれなのか
骨肉を相食む跡目争いで勢力をいっきに低下させたってことだけど
具体的には寒冷化なのか?気候のせいにしたいのか?
初期から問題になっていてイスラム系の宰相が処刑された事もあったけど抜本的な解決が出来なくてそのまま
イスラム商人達が貴族化してやりたい放題やってた
モンゴル帝国は組織ごと、そして民族ごとに階級社会を作っていた訳だけど漢民族なんてのは一番最下層に置かれていたから特に不満が大きかった
漢民族から出世しても枠組み的に最下層でモンゴル王家を頂点とした制度の中ではしょせん利益にはあずかれず
旧来からの世襲的貴族が好き勝手やってたから不満が解消されなかった
神風がなかったら、俺たちみんな今頃はストッキング被っていたかもしれないと思うと
倒した地域の人間は皆殺しにして、家畜用の草原にするっていうことを押し通してたら、どうなってたのか興味がある
チンギスハーンやオゴタイハーンに仕えていた遼王族の子孫の耶律楚材
が、征服した中国の住民を殺戮して、遊牧に適した
国土に変えるなど不可能で国の滅亡を招くだけだと
諫言していたね。チンギス・ハーンもそのような愚行を
犯すような馬鹿ではなかった。
最初はイスラム諸国と戦う伝説の王・プレスター・ジョンの軍勢と言われて
大歓迎されていたのは今となっては笑い話だな
モンゴルの蒙古馬は日本の木曽馬などの馬とそう変わらないよ
どっちも体高147cmない分類上はポニーになる
暑さによる消耗と疲労で
免疫力低下の原因は栄養不足

