アイヌ民族 1
かなり新しい、「13世紀ごろ成立した」新参の民族文化がアイヌまあ、明治以降の住民より先住ともいえるが、周りの他先住民を駆逐し拡大した新参であり
衰えるとロシアや日本への同化を選んだ
さらに
アイヌは、北方先住集団の影響を文化でも遺伝でも強く受け、縄文人とは変化してる
・知床の「オロンコ岩」
※オロッコ・・・アイヌがウィルタ(アイヌ以前の先住民)を差別する蔑称
アイヌが、敵対するOrokko=ウィルタ族を誘い出し、殲滅した伝承がある
https://shiretoko-style.com/ho0516/
・地名「十勝」の由来は、アイヌに迫害された先住民、の去り際の呪いの言葉「トカップチ」
おかしな認識だな。縄文、続縄文、擦文と、まわりの民族と交流交易をしながら変化発展し、現代に続くアイヌ文化が成立した。
単なる時代区分でしかないのに、13世紀頃に民族が入れ替わったなどというのは、根拠のない妄言だな。
っていうかアイヌ語で狩猟生活してる本物のアイヌっているの?
狩猟・採集生活をしているアイヌもいなく一般の日本人と同じような現代生活をしている。
今は助成金で昼間から酒飲んで自堕落な生活してる人もいる
この問題はアボリジニに似てるな…アボリジニは酒に弱いが
こういうのが「新たな差別を生む」として批判したアイヌの工芸家砂川ビッキの息子はアイヌ協会?ウタリ協会?か何かから破門されたからな
http://xizang.is-mine.net/ainu/genocide.html幕末の探検家・松浦武四郎の手記によると、アイヌ女性は年頃になると
クナシリに遣られ、そこで和人達の慰み物になり、人妻は会所で番人達
の妾にされたと書かれている。夫は漁場で酷使され、妻は番屋で慰み女
とされ、子供が出来た場合、和人達はそれを突き殺し、押し殺す。
日本へ反発できなくなった大きな理由に人口減少がありますが、その大き
な原因は、女達が日本人の慰み者にされたこと、性病を含む伝染病を移され
たこと、生活基盤を失わされたこと、などがあげられます。
松浦武四郎によると、夫婦は仲を引き裂かれ、男だけクナシリ送りとなり、
そこで昼夜の別なく奴隷労働に使役され、斜里、網走では、女は年頃(16・7)
になるとクナシリ(この当時、現地のアイヌは酷使によって全滅していた)
に連行されて、諸国からきている和人に体を弄ばれる。男も年頃になると
連行され、働ける間は遠い土地で酷使され、故郷に帰ることが許されるころ
には既に老人となっており子供を残すことができなくなった。
和人によって妊娠させられた妻は、唐辛子汁を飲ませる等で堕胎させられる
ことにより、子供を残せない体にされた。さらに和人に性病を移されること
なども手伝い、クナシリ・メナシ地方のアイヌ人口は激減した。
松浦によると無理やり妾にされた挙げ句に性病をうつされ、顔が崩れて悪臭
を放っているアイヌが山にたくさん居たとある。
この前ゴールデンカムイというアニメでアイヌの婆さんがアイヌ語で喋るシーンがあったが、あれは本物か?
アイヌのムック本みたいの読んで
アイヌ博物館みたいのにも行った
ゴールデンカムイはストーリーは下手だけど、
取材はよくしている、絵も上手い
>>13
場合による。
アイヌが濃くでてしまって、他人から見てはっきりとわかるような顔立ちなどならいじめられる。
そうじゃない場合はあまりない。混血って、すべてじゃないけど何代目かに強くアイヌ風の顔立ちになることが多い。
親、兄弟を見ても和人と変わらないのに純血アイヌのような子ができる。
って、血縁がどうのこうのなんてのはあんまり関係ないような気がする。
開拓者が生活苦により手放した子供をアイヌが引き取り、育てた純粋和人がアイヌしてたりする。
当然おもいっきり和人なんだけど、それをもって苛めとかある。
アイヌ顔が語る=正しい ×
和人顔が語る=正しい ×
俺はアイヌとは、ある種、宗教だと思ってる。
明治時代にはアイヌ人が自立できるよう手厚く支援したが、
無理だったため、同化政策に変更された。
ロシアやソ連はアイヌ人の弾圧を行ったため、多くは北海道に移住し、
最終的に樺太、千島でのアイヌ文化が途絶えた。
その戦争の遠因は、松前藩および松前藩と結託した和人の商人達が強制的に押付けた、不公正な交易制度ですね。
狩猟採取が基本のアイヌ民族の土地を和人が入植するために強引に奪い、さらに狩猟や漁猟を禁じた結果、多くのアイヌが困窮しました。
さすがにそれでは気がとがめたのか、和人が入植した後に残った、農地としては不適な土地を保護と称して厳しい条件を付けて与えたのが、旧土人保護法ですね。
そして無理だったから同化政策に変更したのではなく、最初から同化を目的にしていたのですよね。
ロシア(ソ連)では先住民族の保護が進んでいるようですよ。
樺太アイヌは樺太千島交換条約の締結後、日本政府が無理やり北海道に移住させ、慣れない環境で多くのアイヌが亡くなりました。
千島アイヌも北部に住む人々が南部の色丹島に強制移住させられ、こちらも樺太アイヌ同様慣れない環境で多くが亡くなったそうです。
樺太アイヌにしても北千島のアイヌにしても、生まれ育ったその土地で暮らしていたかっただけなのに、
それを無理やり引きはがし、文化を破壊し途絶えさせたのは、アイヌ達がロシアのスパイになるのではと、勝手に恐れた明治政府の愚行によるものですね。
慣習・言語・宗教・・・が異なり、文化が違えば民族も違うわな
さらに政治や帰属の状況までが変化したなら、もうね
本土の和人にしても古代から現代に至るまで、政治や文化・宗教など、諸々が変化してるだろ?
そもそも13世紀頃に民族が入れ替わったという、文献的、考古学的な証拠が有るのかね?
自らに都合のいいように解釈しちゃぁダメだね。
定義から文化が違えば別民族しかも北方系の影響が遺伝でも強い
長い時間をかけてゆっくり文化が変化していった集団は、別民族とはいえないだろう。
文献や考古学的な証拠も無しに別民族だ、入れ替わった、などと言う事は簡単にはできないよ。
後からできた時代区分だけを根拠に妄想を広げるのは止めておきなよ。
|
ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化 (集英社新書 アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」) [ 中川 裕 ] 価格:1650円 |
![]()
|
知里幸恵とアイヌ (小学館版 学習まんが人物館) [ ひきの 真二 ] 価格:1045円 |
![]()
っていう「文献や考古学的な証拠も無し」なんでは。平安末期ぐらいまでの温暖化で北海道の続縄文人が和人化して
農耕に依存した擦文時代になり、トビニタイ人も吸収したけど、
その後の寒冷化で擦文人が南に逃げて北海道からいなくなった
タイミングでアムール川流域で活動してたアイヌの前身が元に
掃討されて樺太からも追い出されて北海道にやってきて、残ってた
擦文人を同化させたのがアイヌなんじゃね。
言語的にはアイヌの前身はカムチャッカとか北の住民だと思うよ。
後、古墳時代からのオホーツク人の南下はアイヌ系じゃなく
ニヴフやウィルタで蝦夷とかはそっち系かもね。
周辺の諸民族との交流や交易を経ながら現在に続くアイヌ民族やその文化が形成されていったと考えられているし、そう考えるのが自然だ。
大きな変動があったと確認されるのは、オホーツク人が北海道北部や東部沿岸に移住していた時代くらいだろう。アムール川流域や樺太で元と戦った時代はすでにアイヌ文化時代だろ。
言語については詳しくないが、日本語とは違い北方民族に近い、とは言えやはりそれらとも別の言語だそうな。
それから、続縄文人が和人化したとか擦文時代が農耕に依存していたというのは初耳だけど、その辺りを示す資料や書籍は有るのか?
読んでみたいので良かったら教えて下さいな。
ナショジオかなんかで見た記憶がある
記憶違いかも知れないけど
北海道は様々な先住民族の抗争の地だ文化や集団が違えば民族は違うし
アイヌがそれ以前の先住民族と抗争しつつ支配地を広げたのは
主に和人との交易で得た鉄製品によるもの
カポイドとネグロイドの混血が職に就けず街に溢れかえった結果だろう
ウイグルみたいだな
コーカソイドかその先祖人種との混血なんだろうな
黄河文明コーカソイド説あるけど、
そいつらの子孫が北海道樺太だけで生き残ったんじゃないかな?
アイヌは南方縄文系の団子鼻じゃけえコーカソイドとは違うよ
どちらかっちゅうと鼻筋の通った南ツングースの方が白人に近いけえのう
コーカソイドから分かれて間もなかったのでコーカソイドと似た形質を持っていたのです。
尚、在日はアイヌ・縄文系を弥生系とに分断する傾向がありますが、このD遺伝子は
西日本まで広く現代日本人に受け継がれてます。朝鮮・中国系には見られません。
また南方系の象徴と言われるアイヌの団子鼻は北欧のコーカソイドに頻繁に見られます。
フィンランドのサンタクロースの特徴的に表現されています。
>>928
チベット羌系もY染色体のD型残存が多いいけど、形質人種的にゃ南ツングース、
朝鮮、西日本に近いし、縄文系の古モンゴロイドにゃ似とらんし、そもそも
Y 染色体は、ABO血液型同様、容貌形質たぁ全く関連せんのに、ネトウヨは
安倍政権の歴史修正主義捏造隠蔽史観同様、疑似科学デマ飛ばすけぇのう。
こっちでも指摘しちょろうが。
https://awabi.5ch.net/test/read.cgi/geo/1331137165/391
海部氏、「系統解析に用いているmtDNAや Y染色体DNAと、顔立ちを決める
遺伝子は別だ。mtDNAや Y染色体はあくまでもヒトゲノム(遺伝子セット)の
ごく一部で、 系統解析に利用し易いから使っているにすぎず、これらから個人の
遺伝的特徴が全部わかるわけではない。」
mtやYで系統以外にも集団が共有する形質の推測はある程度信頼性があるってことだろハプロを個体の形質に結び付けて考えるのは無意味だが
集団が持つ傾向については十分考慮に値する
梅原猛はアイヌ研究を中止して日本学に戻ったんだ
アイヌ文化にはオホーツク文化の影響が大きく、縄文文化とは全然違うとわかったからね。
生業が全く違うから言葉も違うんだよ
アイヌ語は北海道縄文人の先祖がシベリアに居た時にツングースの言葉を取り入れたんだろ
北海道縄文人・アイヌと内地縄文人も同じ関係だよ
Y-DNAだけ見れば北海道縄文人・アイヌと内地縄文人は同一民族みたいだけど、
実際には日本への渡来経路も生業も言葉も宗教も全然違うよ
だから昔は、アイヌはコーカソイドで13世紀にシベリアから北海道に移住してきたとかいう説まで有ったんだ
ちょこちょこ混血があったというレベルではなく
ある集団の♂が別の集団の♀を独占するくらいの規模の植民があったら
Yはすっかり入れ替わるね、それでも常染色体がセットにはなってくるけどインディアンにはホントにわずか1.5万年前にベーリング陸橋を渡ったエスキモーが先祖か?
っていうくらい立体的な顔立ちの連中がたくさんいるが
彼らはヨーロッパからの入植がある以前からああいう姿をしていたのかな?
>>946
まあ、集団が持つ傾向も、最近のゲノムでも形質でもさほどの差は無ぁよ。
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1386416772/530-532
「縄文人のDNAがアイヌ、沖縄の人たち、本土日本人(ヤマト人)の順に多く受け
継がれ、アイヌと沖縄の人たちが遺伝的に近いことが確かめられた。ヤマト人が
縄文人から受け継いだ遺伝情報は約12%だった。」
「アイヌは縄文人のDNAの50%以上を受け継いでいるのではないかと思う。
沖縄の人たちは、それより低い20%前後ではないでしょうか」
「衝撃的な結果でした。出雲の人たちと東北の人たちが、遺伝的に少し似ていたの
です。すぐに、東北弁とよく似た出雲方言が事件解明のカギを握る松本清張の小説
『砂の器』を思い出しました。DNAでも、出雲と東北の類似がある可能性が出て
きた。昔から中央軸(九州北部から山陽、近畿、東海、関東を結ぶ地域)に人が
集まり、それに沿って人が動いている。日本列島人の中にも周辺と中央があるのは
否定できない」出雲も東北地方も同じ周辺部であり、斎藤教授は
「うちなる二重構造」と呼んで、注目している。
斎藤教授は、この「うちなる二重構造」をふまえた日本列島への
「三段階渡来モデル」を提唱している。… 第3波は弥生時代以降と
考えているが、7世紀後半に白村江の戦いで百済が滅亡し、大勢の人たちが
日本に移ってきた。そうした人たちが第3波かもしれない」
>>946
昭和期の埴原和郎氏が生体計測資料から、
「人類学教室の助手助手をしている河内まき子さんが、いろいろ統計学的に
スクリーニングをして、信用できる計測値だけを選び出して、全国的な傾向を見ると
いう研究をつい最近完成しました。
これでみると、近畿から山陽、九州の一部、四国の一部というのはかなり似ていて、
日本の中心部を占める人たちはかなり朝鮮系に似ている。
そのほか東海、関東、東北、北陸、山陰、九州の真ん中あたり、これがちょっと
違いまして、この地方の人たちを河内さんは周辺部の特徴を示す人たちといって、
かなりはっきり区別してます。…これを時代とともに追ってゆくと、中心部の
人たちの特徴が時代とともにだんだん周辺部にも及んでいることがはっきり
わかる。…
古くから関西は朝鮮系、関東、東北はアイヌ系といわれていますが、アイヌ系、
朝鮮系という表現法はともかく国内における地域差はそうとうはっきりと
出ています。」
じゃが、朝鮮人の人骨サンプルは、埴原和郎氏が「北朝鮮系の人たちの骨とだと
思いますが」とされるよう北朝鮮系の人骨で、朝鮮南部人骨なら、多少日本の
周辺部に近うなるんじゃなぁかのう。
>>946
まあ、東日本でも純縄文と比べたら朝鮮人云うか、南ツングースに近いし、
沖縄人ですら、2割程度じゃろう。じゃけぇ縄文残存度云うた方がええんよ。
西日本の特に近畿・山陽中央ラインから観ると、東日本や西日本の外側は
縄文残存度容貌が強う観えるわけじゃし。山陰、北陸は高句麗ワイ族や新羅、
任那伽耶文化が強うて、西日本中央ラインは高句麗、百済系本線文化傾向が
強いことも関連しとろう。
>>948
猟奇的相模原惨殺の植松も安倍ちゃん支持のネトウヨじゃったし、
世相を反映しとるよ。
>>949
しかも、メディアに特別番組組ませた日本政府大本営発表による北朝鮮の
公開処刑並みじゃけぇ。前夜にゃ岸田や上川法務大臣らと宴で愉しみまた外遊
かいのう。安倍ちゃんと上川による殺害行為で西側先進国の価値観から
逸脱しとるけぇのう。
同じ Y-DNA の D でも北海道縄文人は内地縄文人とは別民族だよ
目は茶色で縮れ毛で…縄文人の顔、DNA情報もとに再現 2018年3月12日
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA+%E9%A1%94+%E5%BE%A9%E5%85%83&hl=ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjtnenDrYvcAhWbMt4KHfEfBsEQsAQIJg&biw=1081&bih=609
また、北海道の西南部と津軽海峡を挟んだ北東北は、縄文時代前・中期に同じ特徴の円筒状の土器を使うなど、共通の文化圏をもち、つながりがありました。
アイヌの先祖は「石刃鏃(せきじんぞく)」を使っていたシベリアのコーカソイドに似た容姿の民族
内地縄文人はジャガイモ顔の南から朝鮮を通って日本に渡来した民族
文化も言語も全く違うんだよ
山間の小盆地とか河川の屈曲部などの周囲と隔絶した場所にある。
被差別部落である場合が多い。
地区には石の棒を祀る由来不明の神社があったり、歌詞の意味が全く意味不明の民謡などが伝わっていたりする。おそらく古代蝦夷民族起源の習俗であろうと推測させられる。
アフリカからアメリカに連れてこられた黒人奴隷がブードゥー教やアフリカ的な音楽を伝承し続けたのと似ている。
ちなみに京都市内の被差別部落の中には俘囚起源のものがある。
団地を作るときに穴を掘ったら擦紋土器(古代蝦夷の土器)やオホーツク文化圏の
骨角器などが出てきた。家族単位村単位で生活道具を携えてはるばる都まで連れてこられたのだろう。
言葉も通じない蛮族が京都でさせられる仕事といえば最底辺の賤業であったのはいうまでもない。
そうなんだ、教えてくれて、ありがとう全く見てないし当時は興味なかったけど
何年か前にNHKで蝦夷討伐みたいなドラマやってたよね?
内田有紀が出てた気がする
あれアイヌと関係ある話?
あと縄文展行ってきた
土器と土偶主体だったけど、余韻が残っているうちに
ゴールデンカムイのコミック最新刊読むとするか
樺太、アムール川流域へと支配を拡大しようとするが、元の介入で失敗。
鎌倉政権からの圧力が掛かって、交易拡大の独立派と交易縮小の従鎌倉派に
分裂して内乱が起き、元に従属して安藤氏から独立する部族も現れ、この過程で
北海道の現地人は生活様式が大きく変わってアイヌ化する。って、ストーリーでも
いいなぁ。コーカソイドっていう分け方はいろいろ間違った結果を生むような。
アメリカ先住民はCが行ってQが入って、Cは彫りが深くて、QはOに近い。
アジアに残ったCはほぼもれなくOと混血してOに近くなり、それ以前の
存在だったオホーツク人のCの影響でアイヌが彫りが深い。縄文人のDは
黒人に近い丸っこい感じだけど、和人はOともれなく混血する一方、
排他的なアイヌはOとの混血が少なくて彫りが深い顔を維持した。彫りの
深い日本人はDよりも貝文人や沿海州のCの影響なんじゃないの。
アイヌの先祖集団が他と混血しなかったのは外見から間違いないだろうね
たしかにインディアンにはちょっと似てるんだよなアメリンドの先祖はベーリング陸橋に1万年くらい閉じ込められていたらしいから
他の新モンゴロイドとはちょっと違っていてもおかしくないんだよね
いずれにしても
アフリカを出てまだそんなに時間が経っていない時期に極東まで辿り着いた先発部隊の遺伝子を
たくさん残していそうだよね、オーストラロイドにも似てるし
実際1970年代くらいまではコーカソイド説が有力だった。
しかし現実に白人に写真などで印象を聞くと和人や韓国・中国人などとは異なるが
白人というよりアラブ人やウイグルなど中央アジア系、マオリなどポリネシア系に
似ているように感じるそうだ。
しかし現代のアイヌは和人と多くが混じっているのでもっと古い時代、日本に戦国時代にきた
宣教師などは高貴なる野蛮人(原始白人)というイメージで身長も和人より大きかったようだ。
我国の平安時代の文献にも蝦夷の目は老鷹の目という表現が見いだせる。
緑っぽい薄い虹彩が一般的だったように推測される。
こういう容貌以上に以前から欧米人が指摘するのはアイヌが和人と仕草が異なるということだ。
欧米人は和人よりもアイヌと接する方が自然にいられるつまり居心地がいいのだという。
和人のようにいちいちうなづかないでじっと目を見て話す。和人のように外人ということで
構えずゆったりした自然なふるまいをするという。こういうところがアイヌが欧米人に好まれる
一面で外見にはそれほど注目していないようにも思える。
酋長は白人の老人みたいに見えるね。
アムール川流域と関係があると考えられています。
このステージの土器は「女満別式」と呼ばれる型押文(スタンプ文)に特徴がある土器、
絡条体圧痕文に特徴がある「浦幌式」などが型式設定されています。
十勝では帯広市大正3・7、浦幌町共栄B・新吉野台細石器遺跡などが著名です。
北海道道東地方の石刃鏃石器群は、時期を異にする複数の土器群と共伴する。
女満別式土器は、こうした石刃鏃石器群に伴う土器群のなかでも、
ロシア沿海地方のルドナヤ文化やアムール川下流域のコンドン文化の土器などいわゆるアムール編目文系土器群
と非常に類似することが従来から知られる。
>十勝では帯広市大正3・7、浦幌町共栄B・新吉野台細石器遺跡などが著名大正3遺跡の土器(右の写真)は、底が丸く、先端に乳房状の突起がつく形で、
“爪形文”と呼ばれる爪でつけた文様に特徴がある土器群で、
本州の東北地方から中部地方にかけての、この時期の土器群と共通した特徴をもっています。
http://www.octv.ne.jp/~hyakunen/joumondoki-gallery.html
「女満別式」ではありません
樺太から北海道に入った北海道縄文人は母系についてはツングースと混血し
(他民族の女を略奪して子供を産ませた)南方から直接九州に入った内地縄文人はツングースと混血していない
北海道縄文人と内地縄文人は母系に関して混血した民族が全然違うという事だね
混血した女性の遺伝子の影響で北海道縄文人は彫りが深いコーカソイド顔
内地縄文人は不細工なジャガイモ顔
アイヌは北海道縄文人の子孫だけど、北海道縄文人は内地縄文人とは言語も文化も生業も全然違うんだよ
縄文語=アイヌ語 説 は梅原猛が広めて有名になったけど、言語学者やアイヌ学者の批判が相次いで、
梅原猛はアイヌ研究を中止して日本学に戻ったんだ
アイヌ文化にはオホーツク文化の影響が大きく、縄文文化とは全然違うとわかったからね。
東北以南の縄文文化はドングリ、栗を食べる栽培・採集文化
北海道の縄文文化とアイヌ文化はシベリアのツングース同様の魚介類と鹿を食べる狩猟文化
生業が全く違うから言葉も違うんだよ
アイヌ語は北海道縄文人の先祖がシベリアに居た時にツングースの言葉を取り入れたんだろ
アイヌに繋がるのはシベリア系縄文人
もう新モンゴロイドが誕生している時期かな?それとももっと前かな?インディオもだけど今のモンゴル人満州人には似ていないんだよね
インディオの先祖はベーリング陸橋に1万年くらい閉じ込められたそうだから
最後に北東アジア人と接触があったのは2万5000年くらい前で
たぶん寒冷地適応の途上だったと思うんだよね
アムール川流域と関係があると考えられています。
だからその頃に決まってるよ
ん?それは最近過ぎないか?
日本列島には4万年前くらいにサピが到着していて、北ルートが最古候補なんじゃなかった?バイカル湖辺りの石刃?かなんかが北海道で出るのとよく似ているので
文化的ルーツがそっちにありそうというのは何回か読んだことがあるけど、
その前にとっくにヒトは(何回にも渡って)来ていて、
インディオの先祖やオーストラロイドとも近い古いモンゴロイドの集団が北東アジアでは北海道でだけ絶滅を免れ
コーカソイドっぽい顔立ちのアイヌになったんじゃないかなとよく考えるんだ
アイロ・ズボボトナヤ・愛郎(あいろう)
アットク・ニシチェンカ・エントモナイ
アトヤタンナイ・ペレプーイエ・十和田(とわだ)
イタイウシ・フボイナーヤ・茶呉(ちゃくれ)
イチャラヌプリ・イチャラー・伊皿山(いさらやま)
ウエンコタン・ボレーチェ・北遠古丹(きたうえんこたん)
ウエンチシ・リフリヤンカ・遠知志(えんちし)
ウショロ・オルロボ・鵜城(うしろ)
ウルウ・キルーロボ・雨龍(うりゅう)
ウンラ・ペルワヤパーチ・一ノ沢(いちのさわ)
エナウシトウ・ノボアレクサンドロフスク・小沼(こぬま)
エヒシ・ノボエニセイスカヤ・恵比寿(えびす)
エンルモコマフ・ホルムスク・真岡(まおか)
エンルン・メナプツィ・皆別(かいべつ)
オタサン・フィルノボ・小田寒(おたさん)
オタス・パルスノエ・小田州(おたす)
オチョホカ・レスノエ・落帆(おちほ)
オバコタン・クリリオン・白主(しらぬし)
オムトウ・イズメニチノエ湖・恩洞湖(おんどうこ)
カシホ・ザオゼルナーヤ・樫保(かしほ)
カモイトマリ・カモイ・鴨居泊(かもいとまり)
クシュンコタン・コルサコフ・大泊(おおどまり)
クシュンナイ・イリンスキー・久春内(くしゅんない)
コイベツ・ホムトフカ・清川(きよかわ)
コタンケシ・ソモノバ・古丹岸(こたんけし)
シアン・ドリンスク・落合(おちあい)
シッカ・ポロナイスク・敷香(しすか)
シュシュウシナイ・スタロドブスコエ・栄浜(さかえはま)
シュシュヤ川・ススヤ川・鈴谷川(すずやがわ)
ショウニ・クズネツオーボ・宗仁(しょうに)
シララオロ・プスモーリエ・白浦(しらうら)
シルトル・マカロフ・知取(しりとり)
ソエンコタン・トゥヒイー・曾院(そいん)
タコエ・ソコル・大谷(おおたに)
タライカ湖・ネフスコエ湖・多来加湖(たらいかこ)
タラン川・タライカ川・多蘭川(たらんがわ)
タランコタン・レチナーヤ・多蘭古丹(たらんこたん)
タラントマリ・カリーニノ・多蘭泊(たらんとまり)
タランナイ・タラナイ・多蘭内(たらんない)
チカヘロシナイ・チーハヤ・近幌(ちかほろ)
チツホイナヲカルウシ・ユジノサハリンスク・豊原(とよはら)
チトカンウシ・ホルミストイ峠・轟峠(とどろきとうげ)
チナイボ・ソロビエフカ・南貝塚(みなみかいづか)
チベサニ・オジョルスキー・長浜(ながはま)
チベサニ湖・チベサンスコエ湖・地辺賛湖(ちべさんこ)
トコンボ・カザケブイッチ・吐昆保(とこんぼ)
トッソヌプリ・ジダンゴ岳・突阻岳(とっそだけ)
トマリ・トマリ・泊居(とまりおる)
トマリオンナイ・トレーチャパーチ・三ノ沢(さんのさわ)
トマリケシ・バフルシェフ・泊岸(とまりけし)
トンナイ・ネベリスク・本斗(ほんと)
ナイシ・シェプーニノ・南名好(みなみなよし)
ナイフツナイ・ナイバ川・内渕川(ないぶちがわ)
ナイボ・ゴルノザボドスク・内幌(ないほろ)
ナニオー・ルポロボ・吉田(よしだ)
ナヨロ・ベンゼンスコエ・名寄(なよろ)
ニイツイ・ノーボエ・新問(にいとい)
ノタサン・チェーホフ・野田(のだ)
ノフカ・クロコーボ・東幌内保(ひがしほろないほ)
フシコマハッタラ・イリンスキーユジノ・上久春内(かみくしゅんない)
ペケレ・ラズフ・藻葺(わらぶき)
ヘンネカルウシ・マロータコエ・小谷(こたに)
ベシトマナイ・チョルトフモスト・菱苫(ひしとま)
マーヌイ・アルセンチェフカ・真縫(まぬい)
マグンコタン・プガチョポ・浜馬郡譚(はままぐんたん)
マトマナイ・ボストチヌイ・元泊(もとどまり)
メルイ・メレヤ・女麗(めれい)
モイレトマリ・イバノフスカヤ・武意泊(むいねどまり)
ヤワンベツ・ノビコボ・弥満(やまん)
ライチシカ・クラスノゴルスク・珍内(ちんない)
ライチシトウ・アインスコエ湖・来知志湖(らいちしこ)
リヤトマリ・カリーノ・利屋泊(りやどまり)
ルウクシナイ・ベーリンスコエ・留久志(るくし)
ルウタカ・アニワ・留多加(るたか)
ワワイトウ・ババイスコエ湖・和愛湖(わあいこ)
モンゴロイドには見えない、コーカソイドだね。古代ケルト人を見るようだった。
学術的にはアイヌ文化は鎌倉・室町以降の成立。
それより古い縄文遺跡も見つかっているし、縄文人は
アイヌではなくて、本土と共通。
縄文時代にも地域差が大きくて
渡島半島の縄文人は植物食で東北縄文人と同じ
道東の縄文人は狩猟・漁労民でシベリアと同じ
どっちも最初はスンダランドに居て北上してきたんだけどね
彼らの先祖が同じ土地に住んでいたのであれば紛れもない先住民
そこをはき違えてはいけない
京都の言葉は地方民には理解できなかった
多くの捕虜が俘囚として関東のみならず西日本にも広く送られた。
だから多少なりともエミシというかアイヌ系の血筋は日本各地に残されている。
これこそ日本人が東アジアで中国人や朝鮮人と異なる容貌となった大きな原因の一つであろう。
言語年代学によれば、いまの日本の本州等の言語と沖縄の言語とは、
共通の祖語から、紀元前後に分かれて、それぞれ独自の発達をしたものと推定される。
そうだとすれば、両語に共通の核心部をもった日本祖語は縄文時代に存在していたとせねばならない。
こうして縄文時代には、現在の日本人の固有の生活領域である日本列島が形成されており、
そこにまわりの諸民族とは違った独自の一民族とその言語、すなわち日本人と日本語の原型が成長し、
その人々が未開を突き抜け、文明への道をきりひらいていった。まさに日本人の歴史がはじまったのである。
http://syakaituikyu.wp.xdomain.jp/?p=361
気味が悪いほど日本語に似ている
文法や発音が似ていることは昔から知識としては知っていたが
「にも」とか「では」とかの助詞の組み合わせまで同じなんで驚いた
単語もほぼ1対1対応で、単純な置換だけで自然な文章が作れる
韓国が漢字さえ使ってくれれば助詞助動詞覚えるだけで互いに読み書き可能だっただろう
地理的には海を隔ててはいるが
日本語と韓国語は間違いなく昔は同じ言語だったね
韓国語は日本語の文法に語彙だけ古代朝鮮語に変えて人工的に作られたんだよ
朝鮮語なんて全然使われてなかったのに日本人が日本語に似せて復活させた人工言語だぞ
面白いことに韓国人は全く知らない
>縄文人とアイヌ人って何が違うのですか?両方共 D だけど、骨格も容姿も全然違う
アイヌはコーカソイドみたいな彫りの深い顔
縄文人はジャガイモみたいな不細工な顔
アイヌ人はアイヌ語
縄文人は日本語
アイヌ人は狩猟・漁労民
縄文人は栗、ドングリ、根菜を食べる植物食
アイヌ人の文化はシベリアのツングースの文化と区別がつかない
縄文人の文化は南アジアや南太平洋の土人の文化に近い
政府、「先住民族」初明記
政府は、主に北海道に住むアイヌ民族の生活向上を支援する新たな法案について、2019年1月に
召集される通常国会に提出する方向で調整に入った。日本の法律としてアイヌを「先住民族」と初めて
明記する。生活格差を解消するための法整備を図り、20年4月に北海道白老町で開館するアイヌ文
化振興の拠点施設とともに支援策の両輪と位置付ける。関係者が14日、明らかにした。
新法制定に関し、アイヌ民族でつくる団体内で拠点施設の開館に合わせ、早期に成立させてほしい
との意見が相次いでいる。法策定では、アイヌが差別の対象となった歴史的経緯に触れるかが論点と
なるとみられる京都新聞2018/8/14 17:11
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/259272
珍しい写真が出ていた。千島アイヌ(北千島)はロシア正教に洗礼を受けた者もいていち早く
洋服を着ていた。6~7人の男性と一人のアイヌ女性の写真だが真ん中のアイヌ男性と女性は
ロシア人みたいだった。本当に彫りが深い人々だ。当時の日本人が白人と間違えたのも無理はない。
彼らはロシアのスパイになるかもしれないと恐れた政府が色丹島に強制移住させ慣れない農業を
させたためその多くが死んでしまった。カムチャツカにまで住んでいた貴重な千島アイヌが
姿を消したことは寂しい限りである。もっともヨーロッパに渡った千島アイヌがポーランドで見つかり
有力な政治家が千島アイヌの血をひくことが判明している。
遺骨返還する場面があった。北大関係者の車が近づくとアイヌが一斉に「ホホホホ・・・」
と叫び声をあげた。敵が近くにいるという合図である。これは白人の植民地軍と戦うときの
アラブの叫び声に似ているなと感じた。やはり中東で別れたコーカソイドなのか?
アイヌ人のことはどのくらい分かってるのかな?寒冷地適応完了前のアジア人だよね?
アイヌの遺骨を戦前掘りこし、盗んでいた北大が
遺伝子解析する前に遺骨返還しちゃったやろ
ネットでもアイヌ人でさえ大半が日本語発音のアイヌ語だしね。アイヌ語ネイティブに近い発音はほとんど聞かれなくなったな。
んだっす。国会議員だった茅野さんのアイヌ語がまさにネイティブで外国語みたいで
かっこよかったす。
昔、アイヌ語の外国人研究者が日本語よりもヨーロッパ人はアイヌ語の方が発音しやすい
と言ってたけど独特のKrとかいう音かなあ?
父親の父親(エカシ)ですら純粋なアイヌでなく祖父が和人なんだから厳密には父親もハーフですらない>>172
うん。音声教材CDさえ日本語発音だわ。あれじゃ、なんだアイヌ語ってこんなもんかと勘違いしてしまう。
これ聞いたらやっぱりネイティブ発音は日本語みたいには聞こえない貴重な音声だと思う
http://ainucorpus.ninjal.ac.jp/static/sounds/K7803232UP.mp3
あかんやろ?
ここの物だから。アイヌのために作られた
http://ainucorpus.ninjal.ac.jp
http://ainucorpus.ninjal.ac.jp/corpus/jp/にしても、この婆ちゃんのアイヌ語聴いてると寝れる気がするね
もうネイティブはほぼ死滅してるんだし、もうちょっとなんとかしてほしいわ。位置づけは基本的英語訛りばかりのアイルランド語と似てるかもな。
まあ、あっちはまだ母語話者はかなり多いけど、英語の発音の影響がでかすぎて
英語っぽく聞こえる。
だからどんどんネイティブアイヌ語の発音を残す意味でもアップしてくれ。
http://i.imgur.com/jmC39PB.jpg
てかこの右の人が珍しい顔だよな
東南アジアの中でも濃いという顔。左は「目が細い北欧人」とか目が細いロシア人のような顔
数千年前の北米遺跡の骨をインディオに返還する話のとこも思ったけど
戦争責任と同じで今の人関係ないじゃん
あのアイヌ代表の態度はあまりにも恥ずかしいものだった
北海道大学の墓盗掘した責任はあるけどな
古代の遺跡はともかく
謝るべきだったね
まーもう時効なんだろうけど
つい1世紀前くらいまではあの独特の顔立ちの人がそれなりの数いたはずなのに
情報社会の今ほとんど見る機会がないくらいに一気に減ってしまったのはなぜ?
誰も子供作れなかったの?
もともとそんな数多くないし、民族としてのアイヌは昭和の大昔に絶滅してるからな。
昔のエカシとかですら普通に祖母が和人とかがザラだし17世紀から混血始まってるわけで
今のアイヌ系の人はアイヌの血はかなり少ない。1931年のイヨマンテ
https://youtu.be/EelCX5zjTKU
とかあるけど、これだってアイヌが勝手にやってるわけじゃないだろう
てか秋辺ヒデオ氏の娘いたんだな。
https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn%3AANd9GcQZebIvJcMJV-YfQa-YAyImMhY1vcJikkUQdEWR39aNnnr_gLJH
https://prtimes-jp.cdn.ampproject.org/i/s/prtimes.jp/i/21357/174/resize/d21357-174-137830-3.jpg
和人とは似ても似つかない人たちの白黒写真がたくさん残っているけど
150年前として5世代くらい
こんなくらいで純潔が絶えてしまうんかね?あと17世紀から混血が進んでいるとしたら
その前の100%純潔の人たちはアボリジニみたいな姿をしていたのかな?
無理強いするんじゃなくて、和人の生活が便利で暮らしやすいぞ~ とアイヌ側から気付くように仕向けるように同化政策していったからアイヌも和人と混血するのを好んでいったわけだからね
アイヌだけの血を守るのは難しいよ
明らかにアイヌという外見では差別を受けるのでとりわけアイヌ女性がアイヌ男性と
結婚したがらなかったのが大きい。
ただ和人女性も樺太などで朝鮮人男性と結婚した人がひどい儒教による男尊女卑の中
朝鮮人男性による暴力を受け続けた歴史もあるわな
アイヌもアボリジニもカポイドも
純潔残って欲しいな
今活動やってる人らもアイデンティティを求めたりで文化を伝えようとしてるけど血的には和人の血が濃い人が多いだろうし
逆に100%和人だけど親がアイヌと再婚してアイヌ文化をかなり受け継いだ人とかもいるし昔の蝦夷とかも見てみたいなぁ
つまり緑色であったのだろう。20年くらい前に阿寒湖の土産物売り場のアイヌ中年女性が
綺麗なグリーンの目で北欧の女性のように感じた。
蝦夷と呼ばれたころは緑など薄い虹彩が主流であったろうと推測する
ヘイゼルブラウンでしょ?
>>221
アイヌが樺太でロシア人と接触したとき当初は歓迎していたね。彼らが毛深く顔つきが
似ていたからだ。ロシア人のことはフレシサム(赤い隣人)と呼んだ。
露西亜人が赤いラシャの服を着ていたからだと言われている。
|
価格:2640円 |
![]()
顔だけならアイヌでも十分欧米人に見えるよね、もちろん体格は違うだろうけど
まー平城京の頃に既に中央アジア人が来てたというくらい支配層は国際交流あったみたいけど
周りが和人も含めて新モンゴロイドの扁平、薄毛人種だったので無理もないね
ところで来日中のヒュー・ジャクソンはヘイゼルアイだね
チームが一体になって皆が髭を生やすこともあるが、残念ながら日本人などアジア系は
ほとんど生えないんだよね アイヌ系であれば生えるのだが・・・
髭も男性のセックスアピールだから頬髯や胸毛が豊富なアイヌは世界的に言えばかっこいいのだが
モンゴロイドの体毛は太くてしっかりしてるから気持ち悪いんだよな
アイヌ人の体毛は白人とモンゴのどっちよりの毛質なんだろう?
モンゴロイド 直毛
コーカソイド 波状毛
の髭が流行したが頬髯ということはアイヌというか東北の蝦夷の俘囚の多くもサムライ(護衛者)
となったのはやはり事実か?
>>1
アイヌはモンゴル帝国と国境で争っていて逆鱗に触れて北朝鮮ロシアらへんからカムチャツカ半島までモンゴル帝国に蹂躙されて北海道に入って来たんだが
モンゴルにやられなければけっこうな勢力だった(´・ω・`)
もともと、北方はウィルタ・擦文・ニヴフらの先住民族がいた処だよ
そこに
新参者のアイヌ(北方オホーツク系との交雑して13世紀誕生)が、先住民を駆逐し拡大したまず、アイヌ(加害者)が樺太・大陸のニヴフを侵略
→ アイヌに害された地元民が元に訴え→ その訴え聞き、元軍がアイヌを何度も懲罰
→ 負けたアイヌが元に服属→以降、アイヌは元・明・清に朝貢 (サンタン交易は朝貢交易)
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%83%82%83%93%83S%83%8B%82%CC%8A%92%91%BE%90N%8DU/5/
> 日本では鷲羽は、アイヌ交易の代表品として捉えられており[25]、
> アイヌは鷹羽・鷲羽流通の掌握を狙っていたと思われる[26]。
日本もだけど、インドネシアとかエジプトとか
兵隊や物資も現地調達だっただろうし、地理的な不利もあったんだろうね
面影があった。ちょっとアイヌにも似ていると思う
北東アジアにいた最終氷期適応前の集団が北海道でだけ絶滅を逃れたんだろう
最終氷期にベーリング陸橋に閉じ込められた連中がインディアンの先祖で
シベリアでツルツル顔になったのが完全型新モンゴロイド
極寒対応進化で平たい顔に進化したのが北方モンゴロイドで日本人のルーツでもある
現在も北極圏で生活してる原住民も北方モンゴロイド
https://i.imgur.com/PhshHaf.jpg
https://www.kankyo-u.ac.jp/tuesreport/2017nendo/20171215/オホーツク文化とアイヌ、ニブヒの関係
以上の講演に対して、青谷上寺地遺跡出土人骨から採取したサンプルの位置づけの予想やDNAサンプル採取方法について質問がありました。
最後に浅川教授から「北海道アイヌの文化は擦文文化(蝦夷 えみし?)とオホーツク文化(粛慎 みしはせ?)の融合として成立したと考えられるが、
その一方で、オホーツク文化の担い手をニブヒ(別名ギリヤーク:アムール下流域・樺太に分布する古アジア系民族)の祖先として理解する説があるけれども、
人類学的にはどう理解されているか」という質問がありました。
篠田氏はニブヒ、コリヤーク、チュクチなど極北の古アジア系民族は遊牧エヴェンキ(新モンゴロイド系)に攪乱され、
さらにロシア化も進んでいるため、残念ながら、現状では固有のDNAを抽出しにくいと答えられました。
中国の纏足のような体部位矯正で、結果として頭の変形から力が加わり鼻が高くなった。
それでもともとアジア系と似ていた顔が変わり19世紀に労働者として渡来したシナ人の
顔が扁平で鼻が低かったため、白人劣等意識の裏返しとしてシナ人をインディオより劣る
下等な人種としてみる意識が定着し今でもアジア人を蔑視する風潮がある。
一部のインディオの鼻が高いのはアラブ系と同じで乾燥への適応じゃないのかなぁ?以前なんかで読んだけど、新大陸への古代の人の流入は大きく2回あって、
1回目はベーリング陸橋で進むことも戻ることもできずに1万年くらい過ごした連中
(たぶん新モンゴロイド化する前に孤立)と、
今のイヌイット(新モンゴロイド化完了してから渡米)の先祖、だとか
前者は古モンゴロイド要素が強くて、アイヌとかアボリジニに似てたんじゃないかな?
それがインディアンに受け継がれていそう
インディアンの赤く焼ける肌質の感じとか、アイヌとかのよりは肌質は新しいモンゴロイドに見えるけどな
彫り深いけどアジア人的な造りの瞼だったりするし
古モンゴロイド要素の強い個体の骨なんじゃないかね?
アイヌも昔はコーカソイドと思われていた時期があったくらいだし
チベット系やイテリメンにもシュッとした鼻が居るからそれの進化系
利尻島のアイヌ女性のゲノム解析したら肉食向きの体で酒にも強かったそうだ
日本人一般の縄文人由来のゲノムは10%だがアイヌ人は70%のゲノムが縄文人由来という
異民族ではなく正真正銘の日本原人である。
アイヌ人は縄文人と違って酒にも弱いし、
それほど肉食、ってわけでもない。アイヌ人=縄文人じゃねーんだよ
嘘言ってるんじゃないよ。アイヌは腸の脂肪吸収率が欧米人並で肉食向き。
アルコールにも強い遺伝子でイザベラバードもアイヌが酒が好きでとても強いと述べている。
それ、スカンジナビアと一緒だよ。
縄文人はともかく、アイヌ人は酒はあまり強くない。
人種的にもアイヌ人ってのは、
スカンジナビア、バイカル南、アムール、中国、韓国、
そして日本人との混血。
どうその遺伝子が作用するかどうか、って話じゃない?アイヌ人は耳垢は乾いていて、髪は細く波状毛でふんわり。
オーストラリアと一緒じゃないか。
原住民に酒や麻薬を垂れ流すキチガイのなんだ?
スウェーデンに関しては、
労働者が日銭を稼いで酒に費やすため、
専門店(システマ・ボラーゲ)に全て封印した。
イザベラ・バード云々って話なら、
イギリス人が語ってることにつき、信憑性がない。
引用元 https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/geo/1526984556/

